どうしたら良かったの?
軽く行きましょう!
両親と暮らす実家。
ここで私は8歳になる娘と家族4人で暮らしている。
この前まで旦那も加えての5人だったが、3年前に離婚してしまった。
旦那は私と結婚するに際し、勤めていた会社を退職して私の父が経営する会社に入ってくれた。
実直で、真面目な旦那は仕事も出来、傾いていた父の会社を僅か5年で立て直してくれた。
しかし私の両親は地方大学で片親の旦那を大切にしようとせず、同居の約束期間5年を無視し、私達家族を実家に縛り付けた。
我慢できなくなった旦那は私の両親と喧嘩した後、家を出てしまった。
『玲子、最後に言う事はないか?』
『だって...娘が』
最後の夜、旦那が私に聞いた。
別居は本意で無かったが、娘の保育園や、習い事を考えると実家に残るしかなかった。
それに旦那が父の会社を退職するとなると、今後の生活が心配だった。
『分かった、せいぜい幸せにな』
『...ごめんなさい』
こうして旦那は家を出て行ってしまった。
『バカな男だ』
『本当ね、でも良かったわ。これで邪魔者が消えたし』
その夜、両親は祝杯を上げた。
思い返してみれば、両親は私達の生活に干渉し、満足な給料すら貰えてなかった。
旦那の小遣いも月3万、よく我慢してくれていたものだ。
でも仕方なかった。
両親はデキ婚だった私達の結婚に元々反対だったのだから。
それから3年、私は両親の会社に入り事務仕事を手伝っている。
旦那とはそのまま離婚した。
財産分与をしたが、元々給料が少なかった為、殆ど無し。
月々の養育費も請求しなかった代わりに娘の面会も無し。
一方的な離婚条件を旦那は了承し、私達夫婦の結婚生活5年で呆気なく終わった。
「ママお帰り」
仕事が終わり自宅に戻る。
玄関を開けると娘が私を迎えてくれた。
「ただいま雅美」
時刻は夜7時、娘の世話は家政婦がしてくれている。
夕飯の支度も全部、離婚するまでは私は専業主婦でやっていたのだけど。
「あのね、今日レッスンでね」
娘は習っているバイオリンの話を嬉しそうに話す。
ちゃんと真っ直ぐに育ってくれて本当に良かった。
ずっと娘はお父さんっ子だったのに。
「...凄いわね」
寂しい思いをさせている。
今日も両親は外で外食、旦那が居る時はずっと邪魔をしていたのが嘘の様だ。
「発表会、見に来てくれる?」
「きっと行くわ」
「...お爺ちゃん達来ないの?」
「分からないけど...」
「そっか...」
雅美を溺愛していた両親だったが、最近では興味を失ってしまった。
旦那から娘を奪った癖に...
「玲子、リビングに来なさい」
深夜帰宅した両親が私を呼んだ。
リビングに入るとテーブルに一枚の写真が置かれていた。
「これは?」
「見合いだ」
「また?」
うんざりしてしまう。
旦那と離婚して以来両親は頻繁に私へ見合いの話を持ってくる。
そんな気は無いのに...
「早くしないとお前も33だろ?」
「そうよ、早く安心させて」
「父さん母さん...」
もう34歳なのに...娘の歳すら覚えてないのか。
「今度はちゃんと選んだからな、家柄、年収申し分なしだ」
「そうよ」
前回の相手は酷かった。
結婚歴こそ無かったが、隠し子がいたのだ。
更に隠れて交際していた女性まで。
お付き合いをする中で、相手の話に不審を覚えた私が素行調査を依頼し、分かったのだ。
もう少しで結納のギリギリのタイミングだった。
「あの、相手48歳って...」
釣書の年齢に声を失う、私より14歳も年上。
しかも三回の離婚歴、子供は全て前妻が引き取り現在は両親との三人暮らしと書いてあった。
「贅沢を言ってる歳じゃないだろ」
「そうよ、貴女もいい歳なんだし」
「分かりました」
言い返す気にもならない私は見合いを了承した。
「初めまして、海月我路と申します」
「流佐 玲子です」
料亭に用意された見合いの席。
無理矢理作り笑顔を浮かべ、相手に頭を下げた。
「いやお美しい」
「ありがとうございます」
舐め回すような男の視線、両脇に座るのは男の両親だろう、かなりの高齢者だ。
「結婚したら同居願えますか?」
「同居?」
なんでいきなり結婚する前提なの?
「頼みますよ」
「お願いね玲子さん」
「いやまだ娘が8歳ですし...」
同居となれば引っ越しをしなくてはならなくなる。
男の家は私の実家から離れていて、娘の通う私立小学校も変わらなくてはならないのに...
「大丈夫よ、雅美は私達が面倒をみるから」
「そうだ、お前は安心して海月さんと一緒になりなさい」
「は?」
今両親は何を言ったの?
「それじゃ後は二人で」
「そうですね」
呆然とする私と笑顔の男を残し、四人は席を立つ。
相変わらず男はニヤニヤしながら私の胸とお尻を見ていた。
「...なんですか?」
さすがに気持ちが悪い、少し語気を強めた。
「いや、これならまだ充分間に合うなと」
「間に合う?」
「ええ、僕達の子供をですよ」
「え?」
言葉の意味が分かり、オゾケが走る。
男は私を両親の介護と性処理、そして子作りの道具としてしか見ていない事に気づいた。
これは断るしかない。
私は出来るだけ素っ気ない態度を取る、冗談では無かった。
「...そんな態度で良いのですか?」
しばらくすると男の声に怒気が籠り始めた。
「だいたい貴女はコブつきバツイチでしょう、僕の言う事に従っておけば良いのです」
「何を言ってるの...」
これが男の本性なのか?
「君に価値など全く無い!
二度と見合いなんかするな!」
「何でアナタにそこまで言われなくてはいけないのですか!!」
頭に血が昇り、思わず怒鳴り返していた。
「社長令嬢だか知らないが、恩ある旦那を追い出すような家じゃないか!
調べさせて貰ったぞ、利用するだけ利用して使い捨てにしたとな!」
「...なんて事を!」
こっちの事情も知らないのに!
「これは一体なんだ玲子?」
「これ我路!」
怒鳴り合う私達の声を聞きつけ、両親達が慌てて部屋に戻って来た。
「すみません!」
「娘にはよく言って聞かせますので」
なんで?
「悪いのはコイツじゃないの!?」
「アンタ等もアンタ等だ、家の財産を当てにするなんて!」
「そんなの当てにしてません!」
そんな金なんか!
「なんも知らないんだな、お前等の会社は火の車なんだぞ」
「...嘘」
そんな事聞いてない...
「アンタ会社を手伝っている癖にそんな事も知らないのか?とんだ事務員だな」
「...嘘よね?」
両親は男の言葉に力なく項垂れて、私を見ようともしない。
「まさか...」
「全く、別れた旦那は正解だな。
最後に良いこと教えてやる、アンタの元旦那は新しく会社を起こして成功してるぞ」
「ほ...本当か?」
「そんな...まさか?」
なんでお父さん達が驚くの?
アイツがどうなろうと知った事では無いといった癖に。
「せいぜいしがみつくんだな」
男はそう吐き捨てると、両親を連れて部屋を出ていってしまった。
「玲子...謙二君に連絡を」
自宅に戻ると、お父さんが私に言った。
「はあ?」
「成功したなら金を出すだろ?」
「そうよ、雅美の養育費くらい」
何を言ってるの?
「いや再婚しても構わない」
「良かったわね、また家族で暮らしましょ」
何て恥知らずなんだ...
しかし、旦那の成功は嬉しい。
「分かった、知り合いに聞いてみる」
金なんかより、旦那に娘を会わせるチャンスだ、3年も雅美に会ってないのだから。
私は共通の知り合いに連絡を入れた。
旦那の実家は既に引っ越していて、連絡が取れないので、これしか方法が無かった。
しかし皆揃って口を閉ざす。
離婚の際に起きたゴタゴタを知っているからだろう。
しかし、ようやく一人の友人が会ってくれる事になった。
彼女は大学時代の親友で、最後まで私達の離婚に反対していたから心配していたのだろう。
「久しぶりね」
「そうね、三年振りかしら?」
待ち合わせの喫茶店、彼女は冷めた目で私を見た。
「謙二さんの事だけど」
早速本題に入る、互いの近況なんか話してる場合では無かった。
「山内君ね、彼は結婚したわよ」
「結婚?」
「そうよ、知らなかったの?」
「...まさか、そんな...」
「離婚して3年だもの、新しい出会いくらいするわ」
「そうだけど...」
でもそんなあっさり再婚する?
私に連絡もしないで。
「アンタはどうなの、あの人は?」
「あの人?」
なんの事だ?
「離婚の時恋人いたでしょ?」
「な...何の事?」
嘘よね...なんで知ってるの?
「知らないと思った?
みんな知ってるよ、離婚の1年前からアンタが浮気してた事」
「デタラメ言わないで!!」
知るはずない、だって円満離婚だったから。
相手の男は当時通っていた娘の保育園の保父だった。
仲違いする旦那と両親の相談を男にする内、私は...
「アンタが離婚した後、浮気相手は失踪したでしょ?
アンタから金を奪って」
「...う」
確かにそうだ...アイツは私の貢いだ金を全部持ち逃げした...
「山内君ね、みんな知ってたの。
だから男に制裁したのよ、分からない様徹底的にね。
充分な慰謝料になったって、男は今頃どうしてるかしら?」
「...そんな、知っていたならなぜ私に何も言わなかったの」
「あなた達を相手にしたくなかったって」
相手?
「どういう意味だ?」
「...クソが移るって」
「なんですって!!」
なんて暴言を!許せない!!
「謙二はどこに居るの!」
「知ってどうする気?」
「決まってるじゃない!娘の養育費よ!!」
これは娘の権利だ!
「放棄した癖に?」
「黙れ!!」
そんな物関係ない!
「山内君から伝言よ」
「伝言?」
「俺が出ていく時、娘の言った言葉を覚えてるか?
『消えろ汚い』だ。
そんな洗脳した娘を愛せる筈が無い、
だそうよ」
「あ...あぁ」
「今も同じ...いやもっと酷いんでしょうね」
「...グ」
何も言い返せない。
娘は旦那を酷く恨んでいる。
『他に女を作った』『家の金を持ち逃げした』『あなたを捨てた...』
みんな離婚の1年前からずっと私達が娘に吹き込み続けた嘘。
「...旦那はどこに?」
「旦那って、アンタ...」
「教えて」
それでもだ、雅美は血の繋がった娘。
きっと会えば旦那だって..,
「アメリカよ」
「アメリカ?」
「ええ、それ以上詳しい連絡先は知らない。これは本当、山内君とはメールでしかやり取りしてないの」
「...それならアドレスを」
「言うわけ無いでしょ」
「お願いよ!」
友人にしがみつく、なんとかしないと私達の...私の生活が!!
「離して」
「あぁ!!」
「今日あなたに会ったのは絶縁するため、やっとスッキリしたわ、もう連絡して来ないでね。
これは山内君のお母さんの連絡先よ、これだけは渡す様に頼まれたの」
紙を投げ捨て、友人は出ていった。
その後一年も持たず、両親の会社は倒産した。
家は取られ、莫大な借金が残ってしまった。
自己破産をした私達は現在アパートに暮らしている。
両親は脱け殻になり、働こうともしない。
そのくせ、生活保護は嫌だと。
傲慢だった私達家族は親戚からも縁を切られてしまった。
今は私が掛け持ちするアルバイトでなんとか暮らしている。
娘は旦那の母親に預けた。
謙二さんの母親の悪口は言わなかったので、娘は懐いたようだ。
だが、私達の世話は断られてしまった。
『...ママ達みんな私を騙してたんだ』
先日娘から電話があった。全てを知られたのだ。
『孫があなた達に会いたくないって、だから引っ越すわね』
元義母からそう言われ金を渡された。
手切れ金に両親が飛び付き、娘を失った。
『何が悪かったのだろう?』
洗脳を受けていたのは私も同じ、両親と同居なんかしなければ、あの人を軽んじて浮気なんかしなかったのに。
「私はどうしたら良かったの?」
その問いに答えてくれる人はいない。
おしまい