7.訓練の見学(後編)
少々長めです。
第二訓練場は多くの兵士や捜査官が訓練をしていて熱気がすごく、汗と埃のにおいがした。
ダニエラさんはもう一人の大柄な捜査官リオナさんと組になって、大柄な男性兵士を相手に訓練していた。
市中で男を捕縛するという想定だとオーウェンさんが説明してくれた。
男性は小柄なダニエラさんを狙おうとする。ダニエラさんは相手に腕を掴ませないように手を払ったり体を捻って躱したりして逃げに徹し、その隙にリオナさんが男性の足を払って転倒させ、すぐさまに男性の腕をとって背中に回しその上から体全体を使って取り押さえることに成功した。
続く訓練もオーウェンさんが一つ一つ説明してくれる。
ダニエラさんが後ろから拘束されたという想定で、そこから抵抗して拘束を振りほどくという訓練。相手は次々変わり、割れた瓶を持った相手に対峙した想定訓練、複数人に囲まれたという想定訓練なども行われていった。ハードな状況ばかりだ。
二人とも汗だくなので体中砂埃だらけになって息切れしている。でもとても真剣な顔をしていて目が離せなかった。胸にチクッとした痛みが刺さり自問する。
わたしは捜査官というものを甘く見ていたのではないか?
わたしに同じような訓練をこなす自信、否やる気があるか?
そもそも父との会話でも、護衛を伴って捜査に携わる気でいたのだ。荒事は全て護衛の役割だと思っていた時点で貴族の感覚そのものではないか。
急に恥ずかしくなって、二人から目を逸らし俯いてしまった。
「お嬢様大丈夫ですか?気分がすぐれませんか?」
こんな激しい体術訓練を見たことなどないわたしが、びっくりしてしまったのだろうと気遣ってか、護衛のアンドリューが訊ねてくれた。
「いえ…大丈夫よ。わたしはどれ程世間知らずだったんだろうって、思うところがあっただけ。」
後ろを振り返ってアンドリューに答えた。
「そろそろ訓練も終わりますね。
如何でしたでしょうか?随分と白熱していたでしょう。ご令嬢にはだいぶ刺激が強かったかな?」
オーウェンさんにも見透かされていたようだ。恥ずかしい。
「はい、皆さんとても真剣に訓練なさっていて、お怪我をなさらないかハラハラしながら見ておりました。」
「実際に起こり得る状況を想定して訓練しないと訓練になりませんのでね。多少の怪我は仕方なしといったところです。
今日はご令嬢の見学もあったので一層気合が入っていたかもしれません。」
わたしを和ませるつもりだったのだろう。最後に冗談めかした。
「訓練した者たちは一旦汗を流して身繕いをしますので、ご令嬢様がたは面会室でお待ちいただけますでしょうか。
ダニエラとリオナが整い次第すぐに向かわせます。」
「わかりました。急がずに結構ですとお伝えできますでしょうか?お待ちしておりますので。」
オーウェンさんに面会室まで案内された後、彼とはそこで別れた。
◇
「女性捜査官として活躍している人がいるからって、わたしにもなれるってことではないのね。簡単に考えていたけど違ってたみたい。」
「お嬢様が霊能力をご活用できる場は他にもあると思いますよ。ゆっくり着実に探していけばよろしいのでは?
仕事がなくなってしまったら困るので荒事は我々にお任せいただきたいですね。」
ダニエラさん達を待つ間、独り言のように漏らしたわたしに護衛のアンドリューが優しく答えてくれた。
そうこうする間にダニエラさんとリオナさんがやって来た。然程待たされなかったがさっぱりとして清潔な制服に着替え終わっていた。
「お待たせ致しました、スプングリス家ご令嬢のサラ様。
本日は見学なされてどうでしたでしょうか?」
「お恥ずかしいですが、わたしは世間知らずの貴族の令嬢だったようです。
ダニエラさんもそう思ってわたしを見学に誘ってくださったのでしょう?」
「ははは、なかなかに賢い方ですね。私の意図にお気付きになられたようですね。」
恥ずかしくなってまた俯いてしまう。
「そもそも公認霊能力捜査官になりたいと思った理由はなんなのでしょうか?
単純に憧れだけではないでしょう?」
「理由は、悪霊を祓いたいと思ったからです。
あと…捜査官になって自活できるようになれば、と…
今になって考えれば相当甘い考えだったと思っています。」
「悪霊を祓えるようになりたいのなら、神官になることはお考えにならなかったのですか?
霊能力捜査官よりも神官のほうが悪霊に対処する機会が多いかと思いますよ。」
「え、そうなんですか?」
ダニエラさんの大きな目がこちらを見る。
「霊能力捜査官が手に負えないと判断した現場では、高位の神官に依頼して悪霊を祓ってもらうケースも多々あるんですよ。あとは悪霊が入って来られないよう聖域結界をはってもらったり。」
「そうなんですね…知りませんでした。」
「まぁ秘密にしているわけではないですが、捜査内容に関わるので公表してませんからね。一般的にはあまり知られていないでしょう。」
優しく諭されているのだと思った。捜査官は貴族令嬢には無理だと。
「そもそもその前髪と俯きがちなのも、捜査官に不適格かと思いますよー。」
ダニエラさんの隣に座るリオナさんが口を挟んだ。
この方はメスライオンのような勇ましいお顔に見えるけど、少し気が抜ける話し方をするのでギャップが面白い。笑ってはいけないけど。
「おいリオナ!もっと言葉遣いに気をつけろ。
すみませんサラ様。前髪で視界が悪いとよく周りを見渡せない上に危険を察知できないので、上官に髪を切るように言われるということもあるのです。」
「すみません、お嬢様ー。」
「いえ、大丈夫です。お気になさらずに。」
「でもどうしてお顔を隠すようにしているんでしょーか?照れ屋さん?」
「おいっ!」
そういえば以前、護衛のアンドリューにももう少し前髪を短くしてよく見えるようにしたほうが危なくないと言われたことがあったな、と思い出した。
「いえ、あまり目立ちたくなくて、なるべく顔が見えないようにしているのです。」
「もしかしてお顔に傷があるとか?もしお嫌じゃなければ顔と前髪をあげてみてもらえませんか?」
「いい加減にしろリオナ!失礼だぞ!」
うーん、相手は女性だから大丈夫かな?
「気にしてませんので大丈夫です。わたしも見学させてもらった身ですし。」
そう言って前髪をあげて顔を見せた。
「わぁ!すっごい美人!これじゃあ別の意味でも捜査官に向いてないですね!」
「ゴホン。サラ様はかなりの美人なのでお顔をしっかり見せて巡回するのはかえってよくない男共を寄せ付けてしまうかもしれませんね…」
「そ、そんなことが…」
自分で自分を美人だとは認識していないが、視線が集まるのが恥ずかしく顔を隠していたので、顔が理由で捜査官に向いてないと言われるなんて思いもしなかった。なにこれ、恥ずかしい。
また前髪をおろして顔を隠す。
「やはり神官を目指してみたらいかがでしょうか。巡回がないですし護衛もつけられますし。
どのみち悪霊を祓えるようになるかは修業が必要でしょう。
サラ様は高等学校の生徒ですよね。ご卒業後はどうなさるのですか?」
「進学して神学を学ぶつもりです。」
「でしたらきっと、わたしの先生のハンナ様にご教示いただくことになるでしょう。
次に神殿に行くときにサラ様のことをお伝えしておきますね。
サラ様も進学前に一度神殿に足を運んで神官様方とお話ししてみてはいかがでしょうか?」
「何から何までお気遣いいただきまして、本当にありがとうございます。
そうですね、父に相談して神官様を訪問できればと思います。」
自分の甘さにも、顔のせいでも捜査官に向いてないという指摘にも落ち込んだが、神官を目指してみようかと思ったら一気に元気が出てきた!
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