50.帰途の道中にて微笑みの講義
しばらくの間不定期に更新します。
食事も終わり、そして出発となった。
朝は晴れ間が見えていたが遠くに雨雲が見え始めた。まだ正午を過ぎて半刻程なので今日中に隣の領まで到達できるだろうか。
来た時と同じく神官たちは神殿の馬車に、グレッグとイーサンと共にわたしとアルマが我が家の馬車に乗る。
領地の屋敷にはたった丸一日しか滞在していないというのに、色々とあったせいで出発がずっと前の事に感じる。実際には4日前だ。これなら明後日の夕方までには王都の屋敷まで到着できるのではないだろうか。
出発して間もなく、予想していた通りグレッグが話しかけてきた。
「セイラ、呪いが解けてみてどうだ。私はなかなか美形だろう?」
「お異母兄様、正直に申しますと美醜がよくわかりません。
今は全員初めて見る顔ばかりなので、誰が誰か顔と名前を一致させることで精いっぱいです。」
「揶揄い甲斐がないな。
まあだが、学校に行ったら貴族子女もたくさんいるんだ。失礼な対応をしないように気を付けないと。」
「はい、心得ております。」
「ところで呪いの件だが…」
これが本題だ。釘を刺しておきたいのだろう。
「先程審理官に訊かれたように、呪いをかけた相手については同じように答えるように。
これから私と父上で、この件については解呪が成ったとして事態を収拾するように動く。もちろん母上とクリスタにも、これ以上社交界で噂を広めないようにきつく言いつける。
当面の間は噂にも上がるだろうが…セイラはなるべく気にしないで普段通りに過ごすといい。」
「はい、わかりました。」
この場面は微笑むべきだろうと、にっこりと微笑んだ。
しかしグレッグは納得していないような、渋い顔?という顔をした。横のイーサンに至っては目を逸らした。
「セイラ、やたらと微笑むのはよろしくない。勘違いさせることになる。」
「上手く微笑んだつもりでしたが、引き攣っておりましたか?
もっと鏡を見ながら練習すべきかしら…」
後半小声でつぶやくと、隣のアルマが小さな溜息をつくのが目に入った。
「いや、別の問題だ。微笑みは上手くできていた。
だが男性が相手のときは微笑みは控えた方がいい。そうだな、親愛の情を寄せる相手に見せるものだ、と言えば分かりやすいか?」
「そうなのですね。わかりました、気を付けます。」
「それと髪の毛は下ろしておいた方がいいな。目立つのは好きじゃないだろう。
とにかくセイラの微笑みは威力が高いから気を付けて欲しい。」
「威力…?」
「アルマだったか。あとでセイラによく説明しておいてくれ。」
「承知致しました。」
今日は解呪の為に前髪をアメジストのヘアピンで固定して目が見えるようにしていた。
威力についてはわたしだけがよく分かっていないようだ。何だか悔しい。
◇
その後馬車は順調に進み、一昨日に宿泊した街まで辿り着いた。
しかし、この先の道は農作物の強奪で荷馬車が立ち往生していた道であり、また雨が降り出しそうな暗い空になってきている。そこで、警ら隊詰め所で先日の件についてその後の消息を尋ね、安全性が確保できるなら先に進もうということになった。
「そういえば、ガブリエル様とマシュー様はカーティス殿が審理官だとご存知でしたか?」
「私は役職上、カーティスが審理官も兼任していることは知っておりましたが、今回勅命書を携えていることは知りませんでした。」
「審理官であることすら知りませんでした。」
マシューさんも知って驚いたのだろう。表情が暗い。
「なぜ兼任なのですか?」
「霊能力に関する案件がわたくしの担当なのです。専門的な知識が必要ですので日頃は神官として修練しております。」
「そうなのですね。お答えいただきありがとうございます。」
つい疑問に思って質問してしまったが、カーティスさんは答えてくれた。
客亭でそうして会話しながら待っていると護衛隊主任が報告に現れる。
強奪犯はまだ判明していないが、農民ジョージさんに同行していた者への聴取がされ、ジョージさんの遺体は彼の村に返されたそうだ。それと強奪犯達に出くわす可能性は低いということで、先に進むことになった。
◇
隣の領の街に辿り着いたのは、小雨が降り出した宵の口だった。
御宿に着いて各自の部屋に荷物を置いて着替えたら、早々に食堂で夕食を済ませる。
その後部屋に戻ってからアルマに微笑みについて説明された。曰く、
「今までにも何度も申し上げましたが、サラ様のお顔はとてもお美しいのです。
老若男女問わず、美形の相手に笑顔を向けられたらドキッとするものなのです。サラ様も思わぬ相手に恋慕の情を抱かれても困るでしょう?
ですから微笑みを向ける相手は選んでくださいね!」
「女性相手なら良いの?子供は?家族だったらさすがに大丈夫よね?」
「子供なら5歳以下でしたら問題ないと思いますわ。
女性相手でも近しい相手ではなければ、牽制ととられる場合もございますね。
ご家族でも同様です。サラ様を敵視しているような方にはよく考えてからが宜しいでしょう。時と場合によっては牽制となることも嫌味となることもございます。」
「難しいのね、微笑みって。色々と考えないといけないだなんて。」
思わず溜息を吐いた。
「王子殿下でしたら微笑みを向けてもいいと思いますわ。」
「え、何故急に王子殿下が出てくるの?それに何故、王子殿下ならいいの?」
「王子殿下は何かとサラ様を助けて下さるのですもの、嬉しい時は素直に表情で示すのが一番ですよ。微笑みが何よりの御礼になりますわ!」
「そうなの?」
「そうですわ!」
「とりあえず覚えておくわ。」
急に王子と聞いて狼狽えたが思い出したらまた会いたくなった。
昨夜はいろいろと相談したいと思ったが、呪いが解けた今は早く報告したいと思う。その時にはアルマの言った通りに、御礼の意味を込めてとびきりの微笑みで報告してみよう。
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