45.グレッグ対サラ
しばらくの間不定期に更新します。
屋敷に入ると執事がサロンまで案内した。
「おはようございます、お異母兄様。」
「おはよう、セイラ。随分早いんだな。」
「ええ、ここのところ馬車移動で動いていませんでしたので、散歩をしていました。」
「目覚めの一杯はすんだかい?」
「いいえ、まだです。」
「では一緒に頂こう。」
「はい。」
従者のイーサンは傍に控えていない。まだ戻って来ていないのだろうか?
部屋で控えていたメイドが紅茶を淹れた後下がっていった。これからが本題だ。
「セイラは何を一番に望む?」
「呪いを解いて母に元気になって欲しいです。」
やはり。ぬいぐるみは奪回できたのだろう。グレッグが問うているのはきっと呪いと物的証拠と義母のことに違いない。
状況からして義母が依頼者である可能性が高いのだし、グレッグが物的証拠としての媒体の重要性に気付かないわけがないのだ。
「父上も仰っていた。セイラは一刻も早い解呪と元の穏やかな生活に戻ることを一番に願っていると。
呪いをかけた者を罰したいとは思わないのか?憎いだろう?
私だったら罪を公にして然るべき罰を与えたいところだ。」
この問答は王子とも父ともすでにしている。グレッグの協力と引き換えに依頼者である義母の罪を有耶無耶にすることを提案してくるはずだ。だったら相手が望む答えを与えればいい。
「お異母兄様。父にも申しましたが、母とわたしが今後平穏に過ごすためにもあまり波風を立てたくありません。ですので、告訴をして余計な話題を社交界に与えたくもありませんし、母に心労を与えたくないと思っています。」
「では許すと?」
「許す前に、誰が加害者なのかを捜査して明らかにするつもりはないのです。
とにかく今は早く呪いを解いて母に元気になってもらうことが最優先ですので。」
「でも呪いが解けた後は憎しみが募るかもしれないだろう?そのとき告訴しない保証はあるか?」
「お異母兄様は加害者の見当がついているのですか?」
はい、と答えることは簡単だ。だが…
「意外性はない。セイラと同じ人物を思い浮かべていると思うぞ?」
「いいえ、お異母兄様。わたしには呪術師の心当たりはありませんのでわかりません。」
「!」
グレッグは明確に呪いの依頼者のことを示唆していた。
結局こちらは譲歩するのだから少しくらい意地悪をしてもいいだろう。
「呪術師を多少憎らしくは思いますがあまり思うところはありません。面識もありませんし。
お異母兄様は厳罰を受けるべきだとお考えですか?呪いは重罪と聞いております。」
「ふふ、思ったよりなかなかやるじゃないか。では少し角度を変えよう。
第四王子殿下と結婚したくないか?」
「へっ!?」
もし口に紅茶を含んでいたら盛大に噎せ返っていただろう。
結婚?!なぜ急に王子の話題に?しかも王子とわたしが、け、結婚?!
混乱するとともに、王子との結婚式の場面を想像をしたら一気に頭がのぼせ上った。
なんなんだ?なぜ唐突に?なんの関係が?冷静に考えることができない。そうしてわたしを観察するかのようなギョロ目のグレッグを見ているうちに、これこそがグレッグの作戦なのだと理解した。
「お異母兄様、王子殿下の話と何の関連が?
それに王族の結婚とは安易にご提案できるような事案ではございません。」
「やっぱりセイラは頭は悪くないね。感情がそのまま顔に出てうぶなだけじゃない。真っ赤になって狼狽えたけど、きちんと立て直すことができた。
もう一度提案しよう。王子殿下と結婚してテラディウス王国で暮らすっていうのはどうだい?
私が全力で支援するよ?母上とクリスタに口出しはさせないし、支度金も潤沢に用意する。
セイラは王子殿下を慕っているし、マイア夫人と一緒に隣国へ行けばうるさい社交界の噂にも煩わされない。それに夫婦ともに神官として活躍できるじゃないか。
これほどの良き相手はいないと思うんだけど?」
これは…交換条件のつもり?義母を呪いの依頼者として公に罪に問わないことと。
今回は惑わされない。グレッグの提案を真に受けて深く考えなければいい。
「お異母兄様、その提案には前提条件が必要です。まず王子殿下がその提案に乗り気でなければ意味がありません。
それと交換条件のつもりで提案なさっている、と受け取ればいいのでしょうか?」
「やはり回りくどかったかな。そうだ、交換条件だ…
媒体は取り返した。だが媒体を渡すには条件がある。呪いを依頼した者を明らかにしない、ということだ。
セイラも依頼者が誰だかおよそ見当はついているだろう。だから我が家の体面のためにも、平穏のためにも明らかにして欲しくはない。
セイラもわかっているのだろう?」
「はい、わかっております。これ以上母に心労をかけたくありませんので。
ですが、わたしからも一つ条件があります。」
「ん、何だ?意外だな。セイラが強気に出るとは思わなかった。」
茶化そうとしているのだろうか。だがこれは解呪を成すために重要なことだ。
グレッグを真っ直ぐ見据えた。
「呪いが解ける最後までずっと、ご協力をお願い頂きたいと思います。」
「ああ、もちろんそのつもりだ。互いに誓約書に署名してもいい。」
これがグレッグにとって最重要だったのだろう。思惑通りかもしれないが、解呪の為ならば誓約書に署名をすることなど大したことではない。
わたしが頷くとグレッグはベルを鳴らした。すぐにイーサンが白いうさぎのぬいぐるみを持って入室し、その後にアルマも続いて入室してきた。
アルマは誓約の証人ということだろうか。アルマはわたしと目が合うと頷いてすぐ横に来た。
イーサンはすぐにティーテーブル上のカップを片付けるとそこに紙とインク壺と羽根ペンを乗せる。グレッグはさらさらと誓約内容を書き綴りわたしに提示する。
そこには呪いの依頼者について追及もせず公にもしないこと、グレッグは解呪が成るまで協力する旨が書かれていた。他に小細工はない。
羽根ペンを手渡され署名する。同じようにグレッグも署名した。
「さて誓約書もできた。朝食にしよう。神官方にも媒体奪還の件を報告しなければならない。」
「はい、お異母兄様。」
兄は計画通りに事が運んだと信じて疑っていないだろう。事実そうなのだが代わりにわたしも条件をつけた。
もしこれでぬいぐるみが解呪の手助けにならない場合、グレッグには義母を説得してもらうよう動いてもらおうではないか。
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