41.到着したものの
着いた街では休憩だけとって次の街に移動し、そこで今夜は宿泊をする予定だった。
しかし先程の荷馬車と亡くなった農民ジョージさんの件もあり、このままこの街に留まることになった。
王都からスプングリス侯爵領にくる場合、領地に入ってから最初のこの街は中規模の大きさだ。王都と比べたらだいぶ小規模だが治安維持部隊より派遣された警ら隊が常駐している。
上級神官マシューさんと神官カーティスさんが荷馬車と共に警ら隊へと向かってくれた。数人の護衛も一緒だ。
わたし達の馬車とガブリエルさんを乗せた馬車は目的地の客亭へと向かった。
「ガブリエル様、お疲れさまでした。そして先刻は悪霊の対応をありがとうございました。」
「いいえ、グレゴリー様。悪霊は放置しておくと良くありませんので、依頼がなくとも積極的に祓魔するのが私達の仕事です。ですので当然のことでございます。」
わたし達は案内された部屋のソファに座り、用意されたお茶を頂きながら息をつく。
「サラ様、先程はお止めせずにすみませんでした。悪霊に唆されないような無害な死霊でしたので、そのままにしてしまいました。」
「ああ、農民の方ですね。亡くなった方は言いたいことも言えませんから。話を聞くことで気持ちよく成仏できるのなら手助けができて良かったです。」
「サラ様はお優しいですね。」
「ところで、ガブリエル様には先見の力があるのでしょうか?
昨日神官お二方を紹介する時に後で必要になる場面がある、かのように仰ってましたが。」
異母兄グレッグが質問すると、ガブリエルさんは穏やかな微笑みを見せた。
「いいえ、さすがに先読みする能力はありません。
街道を移動する時には死霊や悪霊に遭遇することがままありますので、想定していただけですよ。」
「そうでしたか、さすがですね。準備万端で臨む姿勢を見習いたいと思います。」
「うふふ、グレゴリー様の倍以上は生きていますので単なる年の功です。」
そういって微笑んだガブリエルさんの目尻には時を刻んだ証が見られた。それを美しいと思った。
ゆっくりと休んでいるとやがて、報告の為に警ら隊の詰め所に向かった神官達がやって来た。
スプングリス侯爵領ではすべての街に警ら隊を派遣してもらっている。もちろん無料ではなく、派遣費用は領で徴取している税で賄っている。しかし警ら隊では常時見廻りするほど人員がいないので、通常は自警団と呼ばれる住民の集団が治安維持のために見廻りをしている。
なのだが、街と街や村々をつなぐ街道はさすがに見廻りをしていない。そこをついて農産物の強奪を企てている少数の不届き者がいるようだということだった。
あと農民ジョージさんが説明したように、付添いで来てた若い農民にも聴取することになるそうだ。それと強盗犯達は被害者を手にかけたわけではないが、強奪の結果一人が亡くなっているので、幾分か罪が重くなるだろうとのことだった。
今日はこのままこの客亭に部屋をとって宿泊することになった。
明朝ここを出発して領地の屋敷に到着するのは昼頃になるだろう。いつもより半日~1日程長く時間がかかっているので、昼食後にすぐ母のいる療養院へと行けると良いのだけど。
その後は時間に余裕があったので、神官の御三方に遭遇した悪霊の対応についてお話を伺うことができた。わたしとしては大変有意義なお話が聞けてとても満足だった。
◇
翌日も晴天とはいかなかったが雨が止んでいるうちに先へ進んだ。そして予定通り、正午前には領地の屋敷へと無事たどり着けた。
屋敷の執事長をはじめ従業員一同に歓待され昼食をとることに。
異母兄グレッグが代表して、領地までの旅路の労いの言葉と歓迎の言葉をかける。
まずは当家自慢の料理人による食事を、と勧めて皆で舌鼓を打ち食事を楽しむ。品書きも終盤の甘味に差し掛かった頃、ガブリエルさんがこの後の予定について提案してくれた。
「素晴らしい歓待を受けましてこの上ない喜びでございます。
今回は移動にゆっくり時間を掛けることも出来ましたので、私共は疲労もございません。この後すぐにでもマイア夫人の元に行って解呪を試みましょう。そして、解呪が成った際には皆さんで気持ちよく祝杯をあげましょう。」
ガブリエルさんは貴族の歓待に甘んじることなく今回の依頼を第一としてくれた。そのことに改めて尊敬の念を抱いたのだった。
果たして療養院へと向かった。領地の屋敷からは馬車で15分程だ。
療養院へと入ると院長が母の部屋へと案内してくれる。母に会える嬉しさと呪いが無事解けるだろうかという不安でドキドキした。
「今日は随分とお客様が多いのですね。」
確かにこんなに大勢で母の見舞いに来たことはなかった。
母の部屋の前まで来ると侍女のアルマが扉をノックして娘のサラだと告げる。するとすぐに扉が開いた。
「サラお嬢様!王都にお戻りになったのでは?」
「いいえ、ここに神官様と尋ねることは事前に伝えてあったと思いましたが…?」
「嫡男のグレゴリーだ。一体どういうことだ?」
すかさずグレッグが前に出て母の侍女に尋ねた。
説明の前に先ずは部屋の中に入り応接用のソファに掛ける。
侍女の説明はこうだった。
今日の午前中に、我が家の使いと共に神官がやってきた。わたしとグレッグの乗る馬車が悪路に嵌った時に、わたしが顔面を強打した。治療のために王都に戻ることにしたが、神官だけは解呪のためにそのまま派遣すると。
神官は白いうさぎのぬいぐるみを母の前に置いて解呪を試み、成就することが出来た。そしてそのぬいぐるみはわたしの解呪の為に王都に持ち帰る、と言って持って行ってしまったそうだ。
なんて事だ、ここまで来て!
昨日の荷馬車と悪霊の件がなければ、またしても依頼者側に邪魔されることはなかっただろう。しかしジョージさんのせいでは決してない。
悔しさで唇を噛み締めながら、静かにベッドで眠る母を見つめたのだった。
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