39.領地への道中④街道の途中で
その後、異母兄グレッグとわたし、三人の神官達とで囲んだ夕食は当たり障りなく終わった。
グレッグは従者のイーサンとサロンに出向いたようだ。
わたしはもう一度ガブリエルさんが来訪するかもしれないと思ったが、特に誰も訪れることもなく、馬車移動で疲れていたのか同室のアルマと少しお喋りをして眠ってしまった。
ちなみに領都ともなれば貴族が利用する御宿はそれなりに等級が高いので、部屋の鍵はかけるが護衛が扉の前で待機する必要もない。明日の移動に備えてゆっくり休息してもらった。
翌日もどんよりと曇った空だった。アルマが言うには夜中にまとまった雨が降ったようだ。ぐっすり眠ってしまったので気付かなかった。
朝食を各々済ませ、出発時間にロビーへと集まって朝の挨拶を交わす。
この旅の護衛主任レオナルドが、雨季で悪路になるだろうから無理して進まず、今日は自領の屋敷ではなくその手前の街を目的地として進むと告げた。
ちなみにレオナルドは屈強な身体と、暗い金色の髪と立派な髭がまるで鬣のようでライオンのように見える。
王都や領都ならば石畳の道が整備されているが、街道はすべてが石畳とはいかない。特に農村地帯や森林地帯ともなれば踏み固められた土道が通常だ。山道がないだけましだろう。
こうして曇天の中馬車は出発した。
「ところでセイラは王子殿下の贈り物は気に入っている?」
「え、王子殿下?あ、ああ、贈り物のことですよね。
えと、アメジストがわたしの瞳の色によく合って、とても綺麗で、気に入ってます。」
昨日と同じく今日もグレッグとイーサン、アルマ、わたしが同じ馬車に乗っている。
いきなり王子の話題になったので狼狽えて余計なことまで口にしてしまい、恥ずかしさから俯いてしまう。
「可愛らしいなセイラは。すぐに赤くなって。
そんな真っ直ぐなところを気に入っておられるのだろうか。」
「へ?」
グレッグの言った意味がわからず咄嗟に顔を上げた。
「先日も王子殿下とお会いしたんだろう?パーティーの後日に。最高学府から自宅まで馬車で送ってもらった、と聞いているが。
女性嫌いと専らの噂だった王子殿下が、何度もセイラとはお会いになっている。気に入って頂けているのではないのか?」
「そんな!違います!」
思わず大きな声を出してしまった。再び顔から湯気が出るようだった。
「ち、違います。王子殿下はお優しいだけ、です…
だから…わたしに呪いがかかっているとお知りになって、手助けして下さっているだけ、です。」
王子に呪いが視認できるということは話せないのでしどろもどろになってしまう。
そして、ただ優しさからわたしを助けてくれているのだと自分で口にしたら胸が痛んだ。
わかっている、勘違いしてはいけない、そう自分自身に言い聞かせているような気がした。
「王子殿下は優しさや正義感だけではないと思うけどな。
もしセイラにその気があるのなら、私は応援するよ。」
涙が出そうになって俯いていたがグレッグの言葉に思わず顔を上げた。またしてもウィンクをしたギョロ目が気味悪くて、可笑しくなって肩の力が抜けた。
「ふふふ、お異母兄様。ウィンクが似合っていませんわ。」
「え?そうか?私もセイラに劣らずそれなりに美形だと思うんだけど。」
「ふ。」
グレッグの隣に座っていたイーサンも思わず笑いがこぼれたらしい。
「おい、イーサン。お前までなんだ?」
「いいえ、何でもございません。」
「お前、後で覚えてろよ?」
言葉とは裏腹に馬車の中は和やかな空気が漂っていた。
◇
この日は降ったり止んだりの天気だったが、午前の休憩、昼食休憩とはさんで馬車は順調に進んだ。そして昼食休憩後に出発し隣の領境を越え、スプングリス侯爵領に入った頃だった。
街道の途中で馬車がゆっくりと止まる。護衛が合図をしたようだ。
「若様、荷馬車が道を塞いでおりまして、今確認して参りますのでしばしお待ち下さい。」
「わかった。」
イーサンが窓から顔を出して前方を確認している。わたしも気になるが令嬢としては真似できない。
ぬかるみにはまってしまったのだろうか。荷馬車に乗っていた人達が無事だとよいのだけど。
開けた窓からか細い泣き声が聴こえた気がした。怪我人がいるのだろうか?
不意に窓をノックされる。わたしの護衛のアンドリューだ。
「若様、神官様が死霊がいるので対応が必要だと申しております。如何いたしますか?」
「死者がいるということか?それとも悪霊…よし、護衛を付けて対応してもらえ。」
「はっ!」
「お異母兄様、わたしもか細い泣き声が聴こえました。窓から見てみてもよろしいでしょうか?」
残念ながら亡くなった人がいるようだ。文字通り道半ばで亡くなって心残りがあるだろう。
不謹慎かもしれないが本当は外に出てどのように対処するのか、神官達の様子を見てみたい。
「ああ、セイラにも霊能力があったんだったな。
いいだろう。ただし窓から見るだけだ、外には出るなよ。」
「ありがとうございます。」
窓から顔を出して前方を見る。護衛に先導され、傘をさした神官達全員が前方に向かっていた。
荷馬車のそばの茂みあたりに死霊がいるようだ。
と思ったら、飛んで逃げ出そうとしている様子が見えた。しかし、何かに阻まれたのかのようにそれ以上高く上がれないようだ。
あの、苦しそうな顔は…美形の、悪霊!
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