34.ぬいぐるみ捜索
父との話で解呪のために領地に行く日まで、できれば紛失したぬいぐるみを見つけ出す方針にした。あれば可能性がさらに高まるからだ。
保管部屋にあったものは重要ではないが、やはり盗難疑いというのは管理不備でもあるため、別館の従業員全員に聞き取りをすることになった。主導するのは別館の執事とメイド長だ。
「そういえばいつ紛失したのかしら?」
「保管部屋のぬいぐるみは四日前にサラ様と見たのが最後ですわ。その後は鍵をかけておりましたし、掃除は週に一度ですので誰も入る予定はありませんでした。」
「それで昨日紛失が発覚したのだから、3日間の間に失くなったということね。」
「はい、今のところは目撃者もおりません。ぬいぐるみは10個近くありましたので、目撃されずに別館から運び出すのは難しいはずなのですが…」
「わたしの部屋では黒いうさぎのぬいぐるみと女の子のお人形が失くなってるのよね。
なぜこちらのお人形は持ち出したのかしら?保管部屋のお人形は手付かずなのに。」
「そうですね。別の者が持ち出したのでしょうか?」
「それと、昨日の朝まであったの?それとも一昨日の夜まで?」
「すみません、私も一昨日の朝は見たのを覚えているのですが…
その日の午後、サラ様が最高学府へ赴いていらっしゃった間は鍵をかけて誰もいないはずでしたわ。サラ様がお帰りの後、サラ様はお疲れのご様子でしたので…私は早々に部屋を下がりまして、ぬいぐるみを見たかは定かではございません。
お役に立てずにすみません。」
そうだった。わたしはわたしで王子のことを考えていて上の空だった。醜態を晒して恥ずかしい。
「いいえ、いいのよ。
そういえばアルマ、その日はエミリーもわたしの部屋に入ったのよね?彼女にも聞いてみましょう。」
「そうですね。すぐ呼んで参りますわ!」
アルマは部屋を出て行った。
しばらくしてからアルマはエミリーと一緒に戻ってきた。
「サラ様、別館の全従業員から聞き取りした結果がわかりました。
従僕とメイド数人が、昨日午前中にパトリシア様付きの侍女とメイドを別館で見かけたそうです。
また別の従僕が今朝本館でぬいぐるみを大量に持って外出するパトリシア様を見かけたそうです。なんでも慈善事業の為の即売会にお持ち寄りになるそうで。
どうしましょう?!サラ様!
もしかしたらそちらで売られてしまうかもしれません!とても大事な物ですのに!」
アルマが慌てている。しかしまだ義母の仕業だと断定できない。
「落ち着いて、アルマ。
もしそこに行ってぬいぐるみを取り戻そうとしたら、お義母様に恥をかかせてしまうわ。慈善活動に一度供出した物ですもの。
それにわたしが必要としているのは黒いうさぎのぬいぐるみだけよ。他の物は思い出もあるけれど、保管部屋に置いておくくらいなら慈善活動に役立ててくれた方が有難いわ。」
「ですが!このまま黙って手放すわけにはいきませんわ!」
「困ったわね、アルマ。お義母様の慈善活動はスプングリス家としても大事な社会奉仕活動よ。それを台無しにしてしまっては家の体裁にも関わるわ。」
「パトリシア様も上手いところを突いてきますね。表立って抗議できませんわ…」
ふう、と息を吐いたところで俯いたエミリーに気付いた。
「ごめんなさいね、エミリー。
あなたに確認したいことがあったのよ。疑ってるわけじゃないから安心して。」
「サラ様、エミリーへの確認は後に致しましょう。
まずは慈善事業の為の即売会に急ぎ、人を遣りましょう。私服に着替えさせて、黒いうさぎのぬいぐるみを買い取らせるのです!」
「そうね、とりあえず確認だけでもして来てもらいましょうか。」
「あの…」
俯いて黙っていたエミリーが声を掛けてきた。
「あの…サラお嬢様。奥方様はこちらの部屋にあったぬいぐるみは持ち出しておりません。」
「どういうこと、エミリー?何か知っているの?」
「あの…保管部屋からぬいぐるみを持ち出したのは、奥方様付きの侍女様とメイドです…」
「ちょっと、エミリー!どういうこと?!あなた誰も見ていないって言っていたじゃない!」
「落ち着いて、アルマ。まずは話を聞いてみましょう。
エミリー、わたしは怒っているわけじゃないわ。何か理由があるのでしょ?
何があったか最初から説明してくれる?」
そうしてエミリーが話したことは、要約するとこういうことだった。
昨日の午前中、義母の侍女とメイドがやって来て、わたしが所有しているぬいぐるみを慈善活動のために差し出せと要求した。勝手に許可することはできないと一度は断ったものの、女主人である義母の頼みなのでわたしの許可は不要と言われ、さらに義母に報告してエミリーを解雇できるぞと脅したそうだ。
わたしに申し訳なく思ったが、言われた通り保管部屋の鍵を開けてぬいぐるみを持ち出すのを黙認し、これまで黙っていたと。黙っていたのも、実家の林檎農園が大変な状況で解雇されるわけにはいかないと不安だったからだそうだ。
「エミリー、よく話してくれたわね。わたしはあなたを解雇したりしないから安心して。」
「はい…ありがとうございます。大変申し訳ございませんでした。」
「あなたのせいじゃないわ。お義母様はこの家の女主人ですもの、そう言われたら仕方ないわ。慈善活動もこの家のためになることだしね。
後でお父様にエミリーの実家に援助ができないか進言してみるわ。」
「はい…本当にありがとうございます、サラお嬢様。」
エミリーはぐすぐすと鼻をすすっている。
「それで、私の部屋にあるぬいぐるみとお人形は持って行かなかったの?」
「それが…その時サラお嬢様のお部屋には、ベッドの上に置いてある大きな熊のぬいぐるみ以外すでにございませんでした。
侍女様方達も大きな熊のぬいぐるみは要らないとおっしゃって、そのまま戻って行かれました。」
「そうなのね。ではわたしの部屋の黒いうさぎのぬいぐるみを最後に見たのはいつか覚えてる?」
「一昨日の午前中だったかと思います。」
「私と同じですね、サラ様。」
「ありがとう、エミリー。心配しないで大丈夫よ。もう下がっていいわ。」
「失礼致します。」
さて、振り出しに戻った。黒いうさぎのぬいぐるみは一体どこに行った?
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