29.パーティー当日⑧閉幕
すみません、更新がどんどん遅くなっております
現在21時。招待客の半数近くが帰路についている。
家令は各貴族の馬車の手配や挨拶など、玄関先で退出する招待客の対応をしていた。本来は家令の仕事ではないのだが、当主の命で招待客に挨拶をしていた。
「ケンジー、私が帰り客への挨拶を代わろう。予備の鍵を持ってセイラがいる客室を開けてくるんだ。」
グレッグはすぐに状況を把握し、家令のケンジーに指示を出した。
◇
21時半を回った。
これ以上遅くなると、スプングリス侯爵家と懇意にしてるのは確かだったと貴族間で噂が立つだろう。
それに作戦では夫人にまず呪いのことを仄めかしてから侯爵に報告する体をとって、夫人に揺さぶりをかける段取りだったのだが、招待客の挨拶のために侯爵と夫人は共にしている。
仕方がないと作戦を始める。
「オーガスティン卿、侯爵夫人、今夜は素晴らしいパーティーで、存分に楽しませていただきました。
名残惜しいですがそろそろ退出します。」
「恐れ入ります。楽しんで頂けたようで何よりでございます。」
「退出の前に一つよろしいですか?こちらへ。
息女のセイラ嬢は今この場にいないようですが、気になる点がありまして。」
「セイラが何か不敬を働いたのでしょうか?躾のなっておりません義娘で大変申し訳ありませんわ。」
「いえ、そのようなことではありません。」
「では、どのようなことでしょうか?」
「僕が神学部で学んでいることは知っていると思いますが…」
そう切り出したところで場内がやや騒めきだし、夫人の視線が僕の背後に一瞬移ったあと夫人に小さな変化が現れた。
うっすらと黒い靄が見える気がする。
「殿下がお話に上げた娘のセイラが戻ったようです。お呼びしましょうか?」
「そうですね。」
侯爵がすかさずセイラ嬢をこの場に呼びつけた。
セイラ嬢は夜空のような深い青紫色にクリスタルが散りばめられたドレスを着て、前髪はすべて編み込んで顔全体が見えるような装いだった。
シンプルだけれども美貌が引き立つような装いで、周りの男共の視線が集まっていた。異母姉のクリスタ嬢とその周りの令嬢達が面白くてなさそうにしている。
セイラ嬢の目元の黒い靄はいつもにも増して濃かった。これは恐い。
そしてそれだけではなく、靄は夫人の方から少しずつ流れてきて増えているようにさえ見えた。
面白い。こんな現象を間近に見られるとは。
夫人のセイラ嬢に対する負の感情が高まっていること、二人が近くにいることが功を奏したのだろう。
「殿下?」
おっといけない、呪いのことに夢中になっていた。
「僕には特殊な能力がありまして…セイラ嬢の目元に黒い靄が見えます。その靄は侯爵夫人の方から流れてきているように見えます。
その黒い靄とは呪いである可能性が高いです。お二方とも不調はありませんか?」
「まあ、なんてことでしょう!」
「パトリシア、静粛に。
殿下、これは非常に内密な話になりますので別室にてお願いできますでしょうか。」
「ええ、もちろん。」
「わたくしは嫌ですわ。呪いなんて穢らわしいもの、もちろん王子殿下にも近づけてはなりません。」
「パトリシア!招待客もいる前で話すことではないのだ。いいから来なさい。」
夫人の声は幾分か大きく、呪いという言葉が聞こえてしまった者達もいるであろう。
ここから心無い噂が広まらなければよいのだが、まずいな。
「お待ち下さいませ。私もご一緒致しますわ!」
別室に移動し始めるとそれを制止する声まで上がってしまった。
クリスタ嬢だ。面倒な。大方縁談の話と勘違いしているのだろう。
「クリスタ、これは非常に大事なことなんだ。遠慮してくれ。」
「嫌ですわ!私も成人を迎えましたもの。セイラがよくて私はダメだなんて納得いきませんわ!」
「あなた、クリスタの言う通りですわ。宜しいのではないでしょうか?」
「ううむ、しかし…」
侯爵はクリスタ嬢に知られずに呪いの件を解決したかった、そしてパーティーを台無しにもしたくなかった、その二つの間で揺れているようだ。
仕方がない。
「クリスタ嬢、これはあなたには刺激の強い話かもしれません。色めいた話ではありませんので。
できればあなたの為の成人誕生パーティーを最後まで楽しんで頂きたいです。」
そう言って右手をとって手の甲に口づけをした。クリスタ嬢はたちまち、顔を赤らめて満足そうに頷いた。
彼女を後にしてようやく別室に移動することが出来た。ようやく作戦開始だ。
◇
「それでは先ほどの話の続きですが、マキシミリアン殿下。黒い靄はまだ見えるでしょうか?」
「ええ、セイラ嬢の目元に見えています。その黒い靄は夫人の方から流れてきているようにも。」
「まあ、嫌だわ!」
「パトリシア!殿下もセイラもお聞きください。
セイラは実際呪われております。神殿にて診断してもらいました。そしてセイラの母であるマイアも呪われていると診断されました。解呪も試みましたが上手くいっておりません。
私はとても心配です。もしかしたらパトリシアも呪われているのかもと。
こうなったら一緒にパトリシアも神殿で診断してもらうことにします。
殿下、この件については口外しないようにお願い申し上げます。」
「ええ、もちろんです。」
「あなた、わたくしは嫌ですわ。もしかしたらセイラからわたくしに呪いが移ろうとしているのかもしれないですもの。同じ部屋にいるのも怖ろしいですわ。」
「わたしはそんなことはしていません、お義母様!」
「貴方がどうこうということではないのです。」
「それでは僕が一緒に立ち会いましょう。
第三者である僕が一緒にいれば少しは安心しませんか?」
「まあ恐れ多いことでございます。
それに呪いなどという穢れに近づいてはなりませんわ、王子殿下。」
「心配無用です。僕には加護がありますので呪いの類は効きません。
いかがでしょうか、オーガスティン卿?
僕の専攻の一つは呪術なのです。後学の為にもご一緒させてもらえると嬉しいのですが。」
「本来これはスプングリス家内々のことでお恥ずかしいのですが、よろしければご一緒願えますでしょうか?
その方がパトリシアも落ち着けるでしょうから。」
「ええ、もちろんです。」
「!…ではお願い致します、殿下。」
よし、不服そうだが承諾させた!何とか作戦はうまくいってようやく帰路につけるぞ、と思った長い夜だった。
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