3.女の子の霊
※メイドの名前をアメリアからエミリーに変えました
父と面会してから数日後、裏路地の悪霊を報告した一件について新聞に記事が出た。
あの路地裏の奥で遺体が見つかったが、事件性はないだろうとのことだった。
その死亡者には借金があり、返済の目途がなかなかつかずやけ酒を煽ったあとにふらりと路地裏に行き、そこで寝入ってしまい低体温症で亡くなったようだという記事だった。
数日で詳細が判明したのは、公認霊能力捜査官が現場で検証したからである。
ヤーデリウス国での公認霊能力捜査官という職業は、死者の霊と対話をし亡くなった状況を聞き出し、成仏するように霊を導くというものだ。そしてその内容をもとに一般捜査員たちが裏付けをとり物証を得るのだ。不慮に亡くなり彷徨っている霊を成仏させるのも重要な仕事で、未練や怨恨から地縛霊や悪霊になってその周辺に悪影響を及ぼすのを避けるために行われる。
わたしが見た悪霊は、亡くなったばかりで彷徨っていた霊を地縛霊とするべく出張ってきていたのだろう。悪霊がいるところに遺体があるケースが多々あるので、先日のように警ら隊の詰め所に悪霊の目撃情報を伝えに行くのだ。
わたしには死霊を見るのと話をするくらいの能力しかないが、高位の能力者になると降霊術で死霊を召喚し対話することができたり、強い悪霊を祓うこともできるらしい。わたしも訓練をつんだら、薄気味笑い笑顔を張り付けたあの悪霊たちを祓うことができるようになるだろうか?是非目指したい。
ダイニングで一人朝食をとり終えると、メイドのエミリーが食器を下げにくる。
エミリーはつぶらな目に赤いほっぺたをしていてりんごのように見える。小柄な体にりんごのような顔がとても可愛らしい。抱きしめて頭を撫でてしまいたくなる。
「サラお嬢様、何か面白い記事でもございましたか?いつも申しておりますが、新聞を読みながら食事するのは淑女のマナーとしてはいただけませんよ。」
「わかっているわエミリー。ここでしかやらないから見逃してちょうだい。」
鼻で嘆息して仕方がないなという風な顔をした。それもまた可愛い。
「サラお嬢様、準備はおできになりましたか?」
背が高く筋肉が適度についた体に卵の顔が乗っていて、そしてパーツはすべて中央に集まっていて、いつも眉毛が険しめなこの人物はわたしの護衛のアンドリュー。声はハスキーで凛々しいのか笑えるのかよくわからない。
アンドリューは徒歩で通学するわたしのために護衛としてついてきてくれる。
「そうね、わたしの準備はできているわ。そろそろ行きましょうか。」
「雨が降ってますのでできれば馬車で通学いただきたいところですが、やはり徒歩で行かれますか?」
「ええ、雨も悪くないわ。朝の空気が好きなの。」
「ということでしたら、いつものようにもう一人護衛を増やしますね。傘で片手も視界も遮られますので。」
「わかったわ。申し訳ないけどよろしくね。」
程なくやってきたもう一人の護衛バーナードはやや暗い顔をしている。それもそのはずだろう。彼の肩には小さな子供のような霊が乗っていて、スンスンとべそをかいている。
「バーナード、あなた顔色が悪いんじゃない?というか何かあったんじゃない?」
「いえ・・・あの、大丈夫です。ご心配かけて申し訳ございません。護衛には差し支えありませんので大丈夫です。」
「でもあなたの肩に泣いている子供が乗っているのよ。心当たりある?」
「!」
スプングリス家で働く者たちはわたしの霊能力のことを知っているので、特に隠すこともなく告げる。
バーナードは逞しい体とつぶらな瞳に少し毛深い顔は熊を彷彿とさせるので、密かにテディと心の中で呼んでいるのだが、今日は悲しげな顔をするので思わず抱きしめて慰めてあげたくなる。やらないけど。
「…昨日姪が亡くなったんです。早朝に知らせが来まして…」
「まぁ!じゃあ忌引休暇をとるべきよ!早く帰りなさい!わたしなら大丈夫!護衛が足りないならちゃんと馬車で通学するから。」
バーナードはちらりとアンドリューに目を向ける。アンドリューは数秒逡巡するとバーナードに告げた。
「バーナード、素早く引継ぎをして帰っていいぞ。出勤は3日後からでいい。
…残念だったな。ご家族にもお悔やみを伝えてくれ。」
「ありがとうございます、そうさせてもらいます。
お嬢様、ご迷惑をおかけします。」
「大丈夫よ。気にしないで。お悔やみ申し上げるわ。
あと…ちょっとだけ待ってもらえる?」
少し迷ったがやはりバーナードの肩にいる女の子の霊に話しかけてみることにした。くるくる巻き毛の頭にリボンのついた天使のようなかわいい子だ。
アンドリューは馬車の手配のために外に出ていった。
「おはよう、わたしはサラよ。あなたのお名前を教えてくれる?」
『すん…すん…』
「あなたはバーナードに会いに来たのね?」
『すん…すん…』
「バーナードが好きなのね?」
『すん…あのね、すん…カリーナね、すん…バーナードおじちゃんに肩車、すん…して欲しかったの、すん…』
「カリーナちゃん、肩車してもらうのが好きなのね」
わたしの言葉を聞いて、バーナードが涙を堪えながら震える声でわたしに答えた。
「今度遊びに行ったら、また肩車してやるって、約束してたんです…」
『カリーナね、すん…バーナードおじちゃん、大好きなの!すん…だから会いたくて…、すん…来たの』
「そう、バーナードもカリーナちゃんのこと、もちろん大好きよ!
大好きなおじちゃんと一緒におうちに帰りなさい。」
「ああ、カリーナ。おじちゃんもカリーナが大好きだ。…一緒に帰ろうな。」
『すん…うん、わかった』
わたしはうなずくと、涙声のバーナードに向かって言った。
「しっかりお別れしてきてね。カリーナちゃん、安らかに眠らんことを…」
「ありがとうございます、お嬢様。それでは失礼します。」
もうすぐ新年だ。寒い冬は子供や老人には堪えるのだろう。早く春が来るといいなと思った。
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