幕間:俺と俺の主
「あなたは可愛らしい令嬢ですね。」
俺は斜め前にいる主を見据え、こいつとうとうヤバい性癖に目覚めちまったか、と心の中で呟いた。
◇
俺は2歳年下の再従兄弟と一緒にヤーデリウス国に仕事に来ている。
なぜ俺が第四王子の側近に抜擢されたのか正直今もわからない。
俺のような王族傍系は子供の頃に、直系すなわち王子王女たちの遊び相手として王城に集められる。
俺は媚びへつらうのも相手の顔色を伺うのも、堅苦しい礼儀作法もめんどくさかったから、いつも輪には加わらず遠巻きにしていた。
待望の王女が生まれた後はさらに取巻き争いは白熱した。俺はもちろん静観していた。
しかし俺が9歳を過ぎたころ、第四王子からの指名ということで側近となることが決まった。側近教育は堅苦しい礼儀作法や歴史や地理や法律などめんどくさかった(実際さぼってばっかいた)が、剣や体術の訓練はおもしろかった。鍛錬の間は雑念もふり払えて集中できた。
見兼ねたのか再従兄弟殿は、頭脳面にはもう一人側近を置くので戦力面で存分に力を発揮してくれ、と言ってくれたので感謝している。
まあ、その執事のリチャードさんも優秀な人ではあるんだが、礼儀作法にうるさい人なんだよな。
この再従兄弟殿は一筋縄ではいかない性格をしている。
というのも、3歳頃までは生まれながらに美形だったのと女王陛下が女の子を望んでいたことから、
「顔だけかわいくても男の子では…」
「神様に性別を間違われた子」
「おまけの子供」
などと揶揄されていたそうだ。
しかし、呪いが黒い靄として視え加護もついていたことが判明すると、それ以後皆一様に態度を翻した。
そんな周りの大人の反応を見るうちにすっかり捻くれた性格が出来上がり、相手の心理を推し量って上手をとることに長けるようになった。
さらに第四位王位継承者であるこの再従兄弟殿は、大神官または大司祭になれる将来性もあり美形で交渉能力も高いときたら、国内の貴族が放っておかない。俺のように将来、直系王族の側近となって要職についたり伴侶となって王族の血筋を残せるかもしれないからだ。
連日のように届く釣書や茶会の招待状にうんざりした再従兄弟殿は、勉学に集中できるようにとヤーデリウス国に留学しに来たってわけだ。ま、それだけじゃないけどな。
◇
とにかく、最初の1年は社交界にあまり顔を出さなかったおかげで平穏に過ぎていった。
あの日あの令嬢に出会うまでは。
俺は再従兄弟殿が新しい玩具が見つかったような顔をしていたから、令嬢なので失礼のないように、とやんわり窘めたはずだったんだが。
「あなたの目の色は何色なんだろうか…」
ん?目の色はすでに報告してあるぞ?
「僕だけがあなたの顔をきちんと見えないなんて、少し悔しいな。」
俺の位置からは顔の表情まで見えないが、こんな色ボケしたような台詞を言うような奴じゃないだろ。
令嬢もさっきから茹で蛸のように顔を真っ赤にしっぱなしだし。
甘ったるい空気が流れ始めたようだったので咳払いをした。
だが、極めつけは帰り際のあれだ。
「次にあなたに会えるのはパーティーの日ですね。とても待ち遠しいです。それまで健やかに過ごせますよう。」
と令嬢の手をとるとほんの一瞬手の甲に口付けをしやがった。
面白いほど相手の令嬢は固まっていて、はいと返事をするので精一杯だった。
◇
帰りの馬車の中で再従兄弟殿に話しかける。
「マックス様、以前にも申し上げましたがあのご令嬢をあまりお揶揄いになりませんよう。侯爵からもそう釘を刺されていたと思いますが。」
「彼女、いちいち真っ赤になってて可愛かったな。」
「こないだは、おどろおどろしい見た目でむしろ悪霊のように見えるとおっしゃってませんでしたか?」
「でもそれは彼女の本来の姿じゃないだろう?本来は美人なんだから。」
「ですがマックス様にはきちんと見えていないじゃないですか。」
「何が言いたいんだ、ランディ?」
「呪術の研究に没頭するあまり、とうとう呪いが愛しくなるほど可笑しな性癖に目覚めたのではと心配でして。」
「お前なあ。本当に言葉を濁さないな。」
「まさかとは思いますが、本気ではないですよね?国に連れて帰るおつもりですか?」
「…」
「あのご令嬢もあなたを見ては頬を赤らめていましたし。
テラディウス王国の第四王子がスプングリス侯爵令嬢に一方的に恋慕している、はずではなかったんですか?これでは彼女にも醜聞がつきまといますよ。」
「大丈夫だ。そんなことにはならないよう気を付ける。」
「…あなたがそう仰るならいいのですが。」
再従兄弟殿はそのあとも学業の傍ら、修練を重ねたり、侯爵と謁見して作戦の最終確認をしたり、他の夜会に出席したり、何かと忙しい毎日を送っている。
今日もこれから一人謁見の予定が入っている。
政治は得意じゃないから駆け引きはあまり向いていないと言っていたが、俺には腹の黒い狸のように見えるんだがな。これからどんな駆け引きが展開されるのか、俺は見て見ぬふりに徹するさ。
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