19.優し気な笑み
遅くなりました。
「作戦を説明する前にあなたの意向を聞いておこうと思いまして。」
「わたしの意向、ですか?」
「そうです。あなたは呪いの依頼者をどうしたいと思っていますか?」
言われてみてハッとした。義母には怒りを感じているがどうしたいかまでは考えてなかった。
「僕は当事者ではありませんし、ましてやこの国の人間ではありません。
ですので処罰について口を出す立場にはないのですが、かといってこのまま穏便にお咎めなしにするのはどうかと思いまして。あなたの気持ちを聞いてみたかったのです。」
「わたしは…わたし自身は、お義母様に対して怒りを感じています、けど、処罰…
処罰とはどのようなものになるのでしょうか?法に則って処罰するとしても、処刑のような重いものは望まないです。
わたしの母は理不尽に長く寝たきりになって、許せない気持ちもありますけど、お義母様が投獄ですとか貴族籍剥奪とか、法的な処罰を受ければ満足かと言われたら違う気もします。
それに…表沙汰にして当家が社交界で噂の的になってしまったら、母はまた心痛の絶えない状況になって寝込んでしまうかもしれませんし…
すみません。わたしもまだよくわからないです。
今はとにかく、母に早く元気になって欲しいので、お義母様にはちゃんと解呪に協力してもらいたいです。そう強く願います。」
取り留めもなく思ったことを話してしまった。わたし自身も解呪の先の義母の処遇についてはまだ考えが及ばない。
「ふうん、あなたはやはり優しいですね。
…もったいない。」
最後に小声で何かを呟いたがよく聞き取れなかった。
王子の微笑みはまるで慈しみを込めているように見える。表情から感情を読み取るのが苦手なので当たっているかはわからないが、少なくとも悪霊の薄気味悪い笑みとは違う。
「まず法的な処罰についてですが、僕の調べたところ、この国で呪いを依頼して対象者に傷害を与えた場合は罪に問われます。相手を傷つけたり、毒物で害を与えるなどと同じように傷害罪として扱われます。
なのであなたの母上とあなたの未遂の件を被害として訴えた場合、3~8年の禁固刑か貴族籍の剥奪のうえ数年の労働罰が与えられるでしょう。」
当たり前の処罰なのかもしれないが、けっこう重く感じてしまった。
「ですが、あなたの義母は大人しく呪いを依頼したことを認めないでしょう。プライドの高い、地位の高い者ほど自分の過失を認めないものですから。それに依頼したことを認めたら処罰を受けることになるかもしれませんし、尚更否定するでしょう。
そうすると解呪の条件が整いません。物証のない現状では不本意ですがとれる手は二つです。」
「不本意でも解呪できるなら、わたしは構いません。」
王子の言わんとすることが何となく予想できたので、わたしは即座に答えた。
「…わかりました。
まずは基本の方針ですが、僕はあなたの異母姉の成人誕生パーティーに招待されています。そこであなたの義母に接触するつもりです。
僕には呪いが黒い靄に見える能力がありますので、あなたの目元が黒い靄に覆われていることを指摘したあと、その黒い靄が彼女に繋がっていると示唆します。」
「え、視えるのですか?」
「いいえ、きっと彼女の負の感情があなたの目元に流れ込んでいるかははっきり視えないでしょう。ここは相手を揺さぶるための方便を用います。
そしてここからは選択になります。
まず1つ目は最も穏便な作戦。黒い靄が呪いである可能性が高いので、オーガスティン卿にその事実を告げると示唆し、彼女に神殿での診察を勧めて心配している素振りを見せる案です。
僕は他国とはいえ王族ですし招待客ですから、僕の心配を余計なこととは断れないでしょう。そして卿はあなたの母上が呪いにかかってることが最近判明しているので、それを理由に神殿での診察を決定事項とします。
これで呪いの依頼者であることが露見するのを彼女が恐れてくれれば、呪いを継続することを諦めてくれるかもしれません。
これは呪いをかけた責任を有耶無耶にしてなんのお咎めもなく、スプングリス家内になんの波風も立てずに解呪する最も穏便な作戦です。成功する確率は5分というところですが。」
スプングリス家として考えたら、穏便で一番好ましい作戦かもしれない…
「そして2つ目は交渉する作戦です。あなたに見える黒い靄が彼女に繋がっていることを指摘したあと、心当たりがないかと暗に咎めるのです。
彼女はもちろん素知らぬ振りをするでしょう。ですが、僕と卿と大神官ガブリエル殿、そしてあなたを交えて再度説明を要求します。そして交換条件を提示するのです。
解呪のために呪うことを諦めてもらう代わりに、なんの責任にも問わず処罰も与えないと。今後も侯爵夫人として変わらず過ごしてもらってよいと譲歩する作戦です。
もしこれでも素知らぬ振りをするようでしたら、僕とガブリエル殿を証人に告訴に踏み切ることも辞さないと告げます。本来物証がないと有罪に持ち込むのは難しいですが、告訴を示唆すれば十中八九認めるでしょう。
こちらも彼女になんの処罰も与えられませんが、呪いを依頼したことは認めさせられます。」
長々と説明した後に、王子は長い溜息をついた。
王子にはなんの利もないのに、わたしと母の為にここまで協力させてしまって申し訳なく思った。
「すみません…あなたの義母に処罰を与えられる穏便な案が浮かびませんでした。
呪いにかかっている令嬢だという醜聞で、あなたが余計に苦しむことも到底看過できませんし。僕としては不本意です。」
王子は静かに怒っているように見えた。正義感と責任感がとても強い人なのだろう。
「いいえ!謝られるようなことは決してございません!
縁も所縁もないわたしに、ここまで協力して下さるだけで感謝でいっぱいです!
こんな面倒に付き合わせてしまって、わたしこそ謝らなければならないです。
マキシミリアン殿下に偶然出会わなかったら、今後もずっと呪いに気付かずに生きていたことでしょう。殿下に出会えて本当によかったです!」
なぜか胸の奥が熱くなって捲し立ててしまった。
そして言い終わったあとに羞恥心に襲われて顔を伏せた。耳まで赤くなっていた。
「あなたは可愛らしい令嬢ですね。」
え?急に予想外のことを言われて顔を上げたら、優し気な笑みの王子の顔があった。
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