2.言質
その日の夜にすぐ父と会えることとなった。本邸の書斎に通される。
「お父様、ご無沙汰しております。本日はお時間をくださりありがとうございます。」
「もちろん、愛しい我が娘に会うのに遠慮はいらないよ。
どうだ別館で不自由はしていないかい?何か困ったことがあるのかい?」
父は垂れ眉で舌を出した犬のように見える。はっはっはっという息遣いが聞こえてきそうで笑ってしまいそうになるのを堪える。使用人や侍女たちの話によると本当は威厳があり整った顔つきをしているらしい。
そういえば異母姉のクリスタが今日のことを脚色して伝えたかもしれない。
「いいえ、全てよくしていただいております。たまに死霊が見えますので警ら隊の詰め所に報告に行くことはありますが、特に困ってはおりません。」
「そうか、たまには一緒に晩餐をとってほしいものだが。サラの霊能力は役立っているようで私も誇らしいよ。
ほかに用件があるのかい?」
「ええ、お父様。この霊能力を役立てるために公認資格をとって霊能力捜査官になりたいのです。」
「ううーん、でもサラは侯爵令嬢だしな。捜査官となると危険も多いから賛成しかねるが・・・」
「ですが女性の社会進出が進んでいる我が国では、女性の捜査官も少数ですがいらっしゃいますよ。わたしも是非役に立ちたいのです。」
「サラは霊能力のほかにも変わった視力の持ち主ではあるけども、国一番と謳われる美貌の持ち主でもあるんだよ?サラに近づこうとする輩もいるだろうし危ないだろう?」
「お父様、買い被りすぎです。我が子かわいさのあまりにそう見えているのでしょうけれど、わたしなど大したことありません。近づいてくる男性もいませんし。」
「まぁ普段はあまり顔を露わにしていないから、サラの美貌に気付かない見る目がない男ばかりなのだろう。でも昨年の社交界デビューでは注目を集めていただろう?うちは侯爵家だから縁談の話こそ持ち掛けられていないが、サラならどこの家に嫁いでもおかしくない。」
「デビュタントでは変人と噂のスプングリス家の娘が盛装していたから物珍しかっただけでしょう。それに国王陛下へのご挨拶のときに凝視してしまって不敬をはたらいてしまいましたし。」
「あの後きちんと伝えたつもりだったが、陛下は特にご立腹されておられなかった。美人に見つめられて光栄だとおっしゃっておったぞ。」
「国王陛下は寛大でいらして感謝の限りです。」
実は初めて国王にお目通りしたあの時、いつもと違って陛下のお顔が人間に見えたため、悪霊なんじゃないかとガン見してしまったのだ。生きている人間の顔が落書きのようなものではなく絵画のように生き生きとしたものに見えたのが初めてだった。王妃様は落書きのように見えたので、国王だけがふつうにヒトの顔に見えた理由は今でもわからないが。
「とにかくサラが捜査官として働くことには賛成できない。」
「そうですか…。それと、わたしは貴族籍から離籍しようと思います。」
「! それは捜査官になるためか?!それともそれほどまで我が家での居心地が悪いのか?」
興奮したのだろう父の垂れ眉が真っ直ぐに伸びた。ぼーぜんとした犬のように見えておかしくてしょうがない。不謹慎にも思わず顔がにやける。
「わんちゃんなでなでしたい」
思わずつぶやいていた。ごほんと咳払いする。
「居心地が悪いなんてことはありません、お父様。成人を迎えたあとは自活していこうと思っているだけです。
かあさまもおりませんし、変人で有名なわたしがスプングリス家の一員として見なされるのはご迷惑がかかるでしょうから。それにご立派なお異母兄様とお異母姉様もいらっしゃいますし、わたしが市井にくだったところで影響はないかと。」
「何を言う!迷惑なんてことはないぞ!
サラも立派な我が子だ。クリスタが何かときつく当たっているようだが、お前の母は側室ではあっても男爵家の出だし、スプングリス家の一員であることは間違いない!
捜査官になるのはまだしも貴族家から離籍するなどもってのほかだ!」
とりあえず離籍することは全力で拒否されたが、捜査官になる許可の言質はとれただろう。
「では捜査官になるのはお許しいただけると?」
「むーん、仕方がない。賛成ではないが条件付きでは考えないこともない。」
「条件とは?」
「護衛を常につけて、現場に向かうような任務には参加しないことだ。この話はまた今度にしよう。高等学校の卒業まではあと1年あることだしな。」
垂れ眉がさらに下がって悲しそうに見えるのがかわいくて仕方がない。つい顔がにやけてしまう。
「わかりました。では後日またご相談お願いいたします。今夜のところは下がります。
おやすみなさいませ、お父様。」
「ああ、おやすみ、サラ。」
父の書斎を退出して自室にもどった。とりあえず捜査官として働けそうな算段がついたし、今日は気分よく眠れそうだ。
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