幕間:攻防の続き
少々長いです。
※マックスはマキシミリアンの愛称
ここは第四王子が滞在する離宮の一室。王子は応接用のソファで紅茶を飲みながら寛いでいる。
「はぁ。自分で言ったこととはいえ夜会に顔を出すのは気が重いな。」
「ご自分の興味に突っ走るからですよ。
私は我が国の外交的にも、ヤーデリウス国の社交界に顔を出すことは良いことだと思いますが。」
「僕は勉学と修練にだけ集中していたいけどね。それが目的で留学しているんだし。」
王子と会話している男は肩を竦めた。
男は王子の従者ランディ。サラが狼のような顔に見えると言ったこの男は、細くとも締まった体付きで腕も立ち普段は寡黙である。イメージはあながち間違ってもいない。
「でもこんな機会またとないんだ。仕方ないだろう?
今時呪いなんて、怨恨霊に憑りつかれた人くらいしかいないんだ。
しかもガブリエル大神官の解呪の御業も目の前で見られたしな。僕も彼女みたいに呪いが黒い靄なんかじゃなく、術式で視えるようになりたい。」
「ですがマックス様、呪いがついているのは年頃のご令嬢ですからね。くれぐれも勉学のためのサンプルとして無礼に扱ってはなりませんよ。」
「ああ、そうだった。彼女は国一番の美貌との噂もある侯爵令嬢なんだよな。本人はあまり自覚がないようだけど。僕には目元が真っ黒な、むしろおどろおどろしい見た目だからさ、彼女。
本当に面白かったよ。僕のことは悪霊と勘違いするし、自分の方が悪霊っぽく見えるっていうのに。」
「マックス様、そろそろ彼の卿がお見えになられる時間ですよ。」
「ああ、わかったよ。」
◇
「ようこそ、オーガスティン卿。先ほどぶりですね。」
「再びの会談に応じていただきありがとうございます、マキシミリアン殿下。」
「まあ挨拶はほどほどに、本題といきましょう。
僕は政治は得意じゃないので駆け引きにはあまり向いてないんです。」
スプングリス侯爵は大きく息を吐いてから、意を決したように話し始める。
「殿下はどこまで視えられたのでしょうか?
娘のセイラにかかっている呪い、その依頼者は誰だかすでにご存じなのではないでしょうか。」
「僕には本当に黒い靄しか視えませんよ。
現時点では依頼者は確信していません。ですが見当ならついています。あなたも同じでは?」
「誰だか伺っても?」
「…あなたの正妻ですよ。
セイラ嬢は生まれついて顔の認知能力が変わっていたと言っていましたね。そうすると生まれたばかりの彼女に嫉妬や恨みなどの負の感情を持ち、尚且つ今現在までその感情を向け続けるなど、あなたの本妻しか当てはまりません。
それにあなたの側室も身体の不調で療養していますよね?彼女も同様に呪いをかけられていると考えられているのでは?」
「やはり殿下もそうお考えになりますか…
お恥ずかしい家族内のいざこざです。こちらで適切に対応致します。」
これが侯爵の最も聞き出したかったことだ。そして首を突っ込んで欲しくないことでもある。
「どの家にもそれなりに内々に確執や問題はあるでしょう。僕としては騒動に興味はありませんが。」
「依頼者もほぼ判明していることですし、殿下のお手を煩わせなくとも結構でございます。」
「ですが確たる証拠もありませんし、あなたの本妻も素知らぬ振りを貫くのでは?」
「呪術師を依頼した証拠を見つけます。」
「でも時間がかかるでしょう?」
「善処します。」
「僕があなたの本妻にそれとなく指摘するのは効果的だと思いませんか?
僕の能力を明かして“セイラ嬢の黒い靄があなたに繋がっているのですがどうしてでしょう?”と揺さぶりをかけてみたら、さぞ動揺すると思うのですが。」
「ですが素知らぬ振りをするかもしれません。」
「果たして賓客として招いた隣国の王子に、嘘をつき通すほど豪胆でしょうか。
僕に疑われていると感じたら、そして卿に知られるかもしれないと感じたら、負の強い執着心を緩めていくのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんが、そうではないかもしれません。」
「あなたの本妻を公に罰しようとも考えていませんが、呪いを祓うために協力はしてもらいたいと思っているだけです。
ところでガブリエル殿にあなたの側室も診断していただくのでしょう?正妻にはどの程度勘付かれていますか?」
「セイラの件は今後神学を専攻するにあたり挨拶に向かった程度の認識でしょうが、マイラを診断してもらうとしたら内々にするのは難しいでしょう。」
「では良い揺さぶりになるのではないでしょうか。」
「できれば娘のクリスタには知られずに内々に処理したいのですが…」
「勿論、もう一人の息女の誕生パーティーも台無しにするつもりはありません。
ただ少し嫉妬させるかもしれませんが。」
「セイラにもあらぬ醜聞が付かぬようにご配慮いただけると有難く…」
「僕に遊ばれて捨てられた、というような醜聞ですか?」
「…」
「僕にそのつもりはありませんが、あまり彼女に近づくとあらぬ噂を立てる連中も出てきますか。本当に貴族とは面倒な…」
王子はさぞ面倒とばかりに宙を仰ぐ。
「一応、他の貴族の招待にも応じるつもりでいるのですけどね。2大公爵家とブリスタル伯爵家と。あとは派閥など偏らないように、おいおいと言ったところでしょうか。」
「どちらの公爵家にも適齢期の令嬢はおりませんし、近衛隊隊長を務めるブリスタル伯爵家にも子息のみで令嬢はおりませんが…」
「…僕としても将来の妻を探していると勘違いされて、釣書が大量に届くなどという事態は避けたいのです。
僕が一方的にセイラ嬢に恋慕している、ということでいいんじゃないですか?
幸い彼女は僕のような顔には惹かれないようですし、彼女が僕に頬を染めるようなことはないと思いますよ。最終的に僕が見向きもされなかったというような噂になれば、セイラ嬢に醜聞が付いてまわることもないでしょう。」
「ですが、それでは不敬になってしまいます。」
「僕は気にしません。」
侯爵は王子にではなくセイラに不利になるような状況を作り出したくなかったのだが、王子は惚けているのか引く姿勢を見せない。
にっこり微笑んだ王子を見て侯爵は再び長い息を吐いた。駆け引きに向いてないとはよく言ったものだ。
静かな攻防戦はまたしても侯爵の負けとなったのだった。
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