11.第四王子との謁見
少々長いです。
2の月は4月頃の季節にあたります。
※テラディウス公国をテラディウス王国に変更しました
第四王子に会う日になった。外はしとしと雨が降って2の月の半ばだというのに肌寒い。
父とわたしと幾人かの護衛を連れて王城に向かう。第四王子は他国からの賓客という扱いで、王城の中にある離宮に滞在しているからだ。
今日のわたしの装いは非公式な場とはいえ王族に謁見するにふさわしい、Aラインの淡い水色のデイドレス。五分袖で首元はラウンドネックになっていてリボンを結ぶタイプの、露出を控えた上品なものだ。
髪型はいつものもっさりヘアーとはいかないので、前髪は少し巻いて横に流しハーフアップにしている。いつもよりかは顔がよく見えるのでわたしとしては落ち着かない。
王城の城門に着くと家紋付きの馬車のせいかすぐに通され離宮へと向かう。そして程なく到着すると執事と思われる男性に案内され、とうとう第四王子の部屋の前に着いてしまった。中から「どうぞ」と声がしてドアが開けられる。
上位貴族の令嬢であるわたしでも、普段は謁見する機会もなかったのでこういった場にすごく緊張している。しかも弁明と謝罪のためだ。自然と顔が俯いてしまう。
「本日は雨の中、よく来てくれました。スプングリス侯爵ならびに侯爵令嬢。」
「テラディウス王国第四王子殿下、ご機嫌麗しく存じます。
スプングリス侯爵家当主のオーガスティンならびに娘のセイラ参りました。
本日は謁見の機会を賜わり心より感謝申し上げます。」
「構いません。そちらは先日神殿で相見えた令嬢ですね。」
「先日は大変失礼致しました、王子殿下。セイラ・スプングリスでございます。」
父に紹介されたあと自己紹介とともに淑女の挨拶カーテシーをする。
王子の後方にいる従者らしき男性は、大きな吊り目と大きな口に毛深い顔で狼のように見えているが、王子はやはりきちんと人間の顔に見えている。微笑みをたたえているが、悪霊のわざとらしい薄ら笑いとはまったく違い自然な表情だった。
促されてソファに父とともに腰を掛け、王子の言葉を待つ。高位の者に話しかけられてから低位の者が返答するのが貴族社会のマナーだ。まどろっこしいけど。
「それで、神殿で失礼をしたお詫びをしたいとの申し出だったけど…
失礼というのは神殿内で悪霊がいると言った時のことかな?
あの時僕のほうを見ていましたよね。何が見えたと思ったのでしょうか?僕も霊能力があるので興味があります。」
父を見ると小さく頷いた。わたしは王子の顔を真っすぐに見て話す。表情から感情を読み取ることができないので緊張する。
「改めまして先日は大変失礼致しました。
あの時わたしが目にしたものはまさしく王子殿下でございました。ですが、信じ難いことにわたしには悪霊のみが麗しい顔に見えるのです。人間の顔でも死霊の顔でも通常は、抽象的なまるでお絵描きのようなものにしか見えないのでございます。
ですので…大変不敬なことに、王子殿下のご尊顔を拝見して、もしや悪霊ではないかと、勘違いを致しました…。謝って済むようなことではございませんが、わたしの失言につきまして心よりお詫び申し上げます。
本当に大変申し訳ございませんでした。」
「スプングリス侯爵家当主として、私からも謝罪致します。」
父とは事前に打ち合わせをしていた。王子には包み隠さずわたしの変わった視力について明かすことを。美形の人物を見るたびに悪霊と騒いでいる低俗な令嬢だと思われる方が印象が悪いからだ。
わたしと父とで謝罪をすると、王子は微笑んだ。
「わかりました。今回は非公式な謁見なので、そちらの謝罪も非公式なものとします。もちろん不敬にも問いません。
何よりあの時僕は不快に思ったわけではありませんので。」
「王子殿下の寛大な御心に感謝致します。」
父が礼を述べ、父とわたしの二人は深く頭を下げる。
非公式と言ってくれたのは、スプングリス侯爵家がテラディウス王国の王族に礼を失したということは内々のこととして、公にしないという意味になる。国内の他貴族に我が家が非難されるような材料を与えずに済むのだ。非常に助かる王子の言葉にホッとした。よかった。
だが王子は言葉を続ける。
「ですが、もう少しお話を聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい。」
質問の形ではあるが、こちらに拒否権はないに等しい。もちろん首肯した。
「あなたには霊能力があり、そして少々変わった物の見え方をする。
これはどちらも生まれついてのものですか?」
「はい、どちらも生まれた時からです。」
「僕の他にもちゃんと顔が見えた者は?」
「我が国の国王陛下だけです。」
「神殿に相談したことは?」
「以前、悪霊に謀られて身に危険が及んだことが何度かあったときに、屋敷と敷地全体に聖域結界をかけていただいたことがあります。その時に悪霊が麗しい顔立ちに見える、とは説明致しました。それだけでございます。」
「そうですか…」
王子は顎に手をやって考えている様子。
「侯爵、提案があります。大神官殿に息女との面会を依頼しましょう。」
「どのような用件ででしょうか。」
「息女の目についてです。
僕が思うに、彼女の霊能力と変わった物の見え方は別のことだと思うのです。生まれ持った資質ではないと。診断をしてもらうことをお勧めしますよ。」
「わかりました。王子殿下がおっしゃるのなら。」
「もう一つ、先ほど不敬に問わないと言った見返りじゃないけれど、よければその時は僕も同行させてもらいたい。興味があるのでね。」
「仰せの通りに。」
父は了解したが、王子の顔は何かを含んだような笑みに見えて、悪霊じゃないかと一瞬ぎょっとしそうになったのだった。
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