099 / 冒険者になるために乗り越えるべきもの
「しかし、君たちは冒険者だ。ダンジョンに潜り、それを冒険譚にするのが仕事だ。常にギルドに詰めているわけにも行くまい」
「……それは、そうですけど」
「どうしてもと言うのであれば、君たちもアーネと共に別のダンジョンへと移り住めばいい。君たちに関しては、私は関与しない。娘と仲良くしてくれて感謝しているくらいだ。なにせ、今まで友達のいない子だったものでね」
アーネが、再び首を横に振る。
「それはできません」
「……何故だ?」
「リュータは"最高の冒険譚"を書こうとしているのです。冒険譚を執筆するに当たり、未踏のダンジョンは最適の場所です。私の事情にリュータを巻き込むわけには行きません」
「──…………」
ボーエンが、深々と溜め息をつく。
「あれも駄目、これも駄目か。アーネ、すこしわがままになったのではないか?」
「いえ、すこしではありません。今からお父さまが絶対に怒り狂うことを言います」
ボーエンが片眉を上げる。
「……それは?」
「──私は、神官をやめて、冒険者になろうと思います」
それは、不意打ちだった。
あまりにも唐突で、予想外の一言だった。
そして、俺たちがいちばん望んでいた言葉でもあった。
執務室に沈黙が響く。
痛いほどに。
やがて、ボーエンが、ゆらりと立ち上がった。
「……そんなことを許すとでも?」
「前例はあるはずです」
「前例があるから、なんだ。そんなことは関係がない」
威圧感はあっても穏やかだったボーエンの態度が、表情が、一変する。
彼は、俺たちを憎々しげに睨みつけ、呪詛の言葉を漏らした。
「──お前たちが、アーネを誑かしたのか」
その言葉に、すこし苛ついた。
「誑かす? 俺たちは頼んじゃいない。アーネの意志だ。アーネが自分で決めたことだ。それは、誰にも操れない。それこそ神にだってな」
「神の意志を説くか。不遜なものだ」
「おいおい、吟遊詩人は神の御使いなんだろ。多少は代弁したって構わないはずだ」
「本当に吟遊詩人なら、な」
ボーエンが、口の中で何事かを呟く。
呪文だ。
思わず身構えるが、それは、攻撃魔法のたぐいではなかった。
「──手の空いている衛兵は、全員執務室へ来い。神の御使いを騙る不埒者が執務室へと無断で入り込んだ」
「ちょ!」
どうやら、交信魔法だったらしい。
「リュータは本物の吟遊詩人だよ! ほら!」
「あ、ああ!」
慌てて羊皮紙と羽根ペンを展開してみせる。
ボーエンが、こちらを見下すように言い放った。
「"手品"だ」
「……なんて?」
「私がそう言えば、それは手品なのだよ」
「──お父さま! あなたって人は!」
アーネが、まるで悲鳴のような声音でボーエンを責める。
そのとき、執務室の扉が激しく開かれ、十名以上の衛兵が飛び込んできた。
切り抜けるだけなら容易だ。
だが、事態を悪化させかねない。
俺は、泣きそうな顔をしているフェリテに告げた。
「……大人しく捕まろう。そうひどいことにはならないはずだ」
「う、うん……」
ボーエンが衛兵に指示を出す。
「地下へ幽閉しろ。期間は──そうだな」
良いアイディアを思いついたとばかりに、ボーエンが片方の口角を吊り上げる。
「アーネが戯言を言わなくなるまで、だ」
「……ッ!」
アーネが唇を噛み締める。
衛兵に両腕を取られながら、俺は言った。
「ありがとう、アーネ。俺たちのために決意してくれて。絶対になんとかする。だから、その意志、曲げないでくれ」
「わかり、……ました」
「さあ、連行しろ!」
大人しく捕まったのが功を奏したのか、さほど手荒く扱われることはなかった。
俺とフェリテは、そのまま神殿の地下へと連れて行かれ、無数にある牢の一つへと一緒に押し込められた。
別々の牢に投獄されなかったのは僥倖だ。
もしかすると、衛兵たちも、これが茶番であることに気付いているのかもしれなかった。
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