097 / 神殿長の思惑
十分ほども歩き、ようやく、最奥と思しき執務室へと辿り着いた。
「──…………」
アーネが深呼吸をし、俺たちのほうを振り返る。
俺も、フェリテも、無言で笑顔を浮かべてみせた。
安心したのか、アーネも表情を和らげ、とうとう執務室の扉をノックした。
「──神殿長。アーネ=テトが参りました」
しばしして、低く、深みのある声が、扉の向こうから返ってくる。
「アーネか。入りたまえ」
「失礼します」
アーネが扉を開く。
扉の向こうは、神都の長に相応しい荘重たる部屋だった。
中央に据えられた巨大な執務机に、一人の男性が腰掛けている。
「久し振りだな、アーネ。息災だったか?」
「ええ、もちろん」
執務机の前まで歩き、アーネが頭を下げる。
「お久し振りです。神殿長、ボーエン=テトさま。本日は御機嫌も麗しく──」
「堅苦しい挨拶はよい。私は、お前の顔を見ることができただけで、今日の疲れが吹き飛ぶ思いだよ」
神殿長──ボーエンが微笑む。
その笑みにすら威圧感があるのは、その重責ゆえなのかもしれない。
「ところで、そちらの方々は?」
そう言って、ボーエンがこちらを見やる。
俺は、一歩前へ進み出て、堂々と名乗った。
「吟遊詩人のリュータ=クドウと申します」
「同じく、冒険者のフェリテ=アイアンアクスです」
「ほう」
ボーエンが片眉を上げる。
「私は、この神都で神殿長を務めているボーエン=テトと申す。既に知っているだろうが、アーネの父親でもある。よろしく頼むよ」
「ええ。ご丁寧にありがとうございます」
ボーエンが、アーネに視線を戻す。
「わざわざ冒険者を連れて来たということは、何か報告でもあったかな」
「……ええ」
わずかな沈黙ののち、アーネが話し出す。
「私の管理しているダンジョンで、隠し通路が発見されました。その先は、比較的難度の高い新たなるダンジョンとなっています」
「隠し通路……」
ボーエンが、よく整えられた髭を撫でつけた。
「そんなものがあるとは、前代未聞だな。少なくとも私は聞いたことがない」
「事実です」
「ああ、いや、もちろん事実なのだろう。それに関しては疑っていない。しかし、特殊な例だ」
「隠し通路は五層に存在し、攻略状況は、こちらの二人が六層のボスモンスターを討伐したばかりとなっています。七層への転移陣の設置許可、及び、神官の追加派遣を申請しに来ました」
「なるほど。それは、もちろん構わない。さぞ忙しかったことだろうね」
ボーエンが、ねぎらうような笑みをアーネに向ける。
なんだ、いい父親じゃないか。
俺は、脳天気にも、そんなことを考えていた。
「──では、アーネ。神殿に帰ってきなさい。隠し通路のあるダンジョンなどという特殊な事例を扱うには、お前はまだ未熟過ぎる」
「……は?」
「えっ」
虚を突く言葉が、俺とフェリテを真横から殴りつけた。
「そうおっしゃると思っていました」
ああ、そうか。
アーネの態度に、心のどこかで納得していた。
だから、アーネは、隠し通路のことを神殿に報告していなかったのだ。
こうなるとわかっていたから。
広告下の評価欄より【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、執筆速度が上がります
どうか、筆者のモチベーション維持にご協力ください