095 / 着せ替え人形の気持ち
「──フェリテ、次はこちらを組み合わせてみませんか?」
「いいね! リュータは細めのシルエットが似合うし、試してみよう。下がそれなら、上はこのあたりがいいと思うんだけど」
「なるほど、アリかと思います。あとは色の組み合わせですね」
「下は重い色がいいよね。上は赤だと派手かな」
「赤の種類にもよるのではないでしょうか。茶系、あるいは暗い赤であれば、調和するかと思います」
「たしかに!」
「では、こちらを──」
俺は、試着室の前の椅子でぐったりしながら、遠くから響く二人の声を聞くともなしに聞いていた。
もう一時間以上はファッションショーをさせられている。
ダンジョンで数時間歩くより遥かに疲弊しているのは何故なのだろうか。
二人の選ぶ服は、異世界人の俺から見てもセンスがいい。
だからこそ、どれでも大差ないように思えてしまう。
俺としては、最初の組み合わせでも、二番目の組み合わせでも、五番目の組み合わせでも構わないのだが、二人はまだまだ止まりそうになかった。
「はァ……」
思いきり溜め息をつき、天井を見上げる。
着せ替え人形ってこういう気持ちなのだろうか。
二人は、それからさらに三着ほど試着させて、ようやく満足したらしい。
最後の組み合わせと幾つかの小物を青銅貨七枚と鉄貨三枚で購入し、それを身に着けたまま店を出た。
「──……んぐ、ァー……!」
天井のガラス越しに太陽の光を浴びながら、思いきり伸びをする。
解放感でいっぱいだった。
「うんうん。リュータ、似合う!」
「ええ。頑張って選んだ甲斐があるというものです」
そうだ。
忘れかけていたが、二人は俺のために一所懸命服を選んでくれたのだ。
たしかに死ぬほど疲れはしたものの、それだけは間違いのないことだった。
「ありがとうな、二人とも。いいのを買えたよ。これで目立つこともないよな」
「うん、ばっちり!」
たしかに、奇異の視線を向けられることはなくなった。
これで多少は落ち着けるだろう。
「さー……、て」
意識的に悪い笑顔を作る。
「──次は二人の番だぞ」
「あっ」
「……もしかして、長くかかったことを怒っていますか?」
「怒ってないよ。ただ、あれだけ着替えさせられたんだから、こっちも着せ替えてやろうと思っただけ」
「私は、秋冬用の羽織るものが欲しいだけですから……」
「アーネ、ずるい!」
「ダメだ。二人とも、等しく十着ずつは着替えてもらう」
「怒ってますよね?」
「怒ってないよ?」
「怒ってるー!」
「ははははは」
女性用の店で二人の着せ替えを堪能し、それぞれ目当ての服を購入する頃には、正午を大きく回っていた。
昼時を過ぎて空いてきた喫茶店の一角に陣取り、昼食を取る。
「……なんか、冒険とはまた別の疲れ方をしている」
徒歩や戦闘などでは使わない筋肉を酷使したような感覚だ。
場所代を含めているのか高めの値段設定の品々を構わず頬張りながら、フェリテが頷く。
「れも、楽しかっふぁね!」
「フェリテ、飲み込んでから喋りましょう」
「はーい……」
「しかし、楽しかったのは本当です。私は友達がいませんでしたから、こうして皆で服を選ぶなんて初めての経験で」
「それは光栄だな。俺も、疲れはしたけど来てよかったよ。女の子を好きなように着せ替えできるなんて、そんな経験初めてだったし」
これがまた、異様に楽しいのだ。
俺のときに二人がはしゃいでいた理由がよくわかる。
「男の子を着せ替えしたことはあるの?」
「……野郎を着替えさせても何も面白くない」
そりゃ、一緒に服を買いに行くくらいはするが、基本的に自分のものは自分で選ぶ。
似合う似合わないを互いに言い合うくらいのものだ。
「なるほど、そういうものですか」
「そうだ。これから神殿へ行くんだろ。俺たちもついてって平気なのか?」
「ええ、もちろん。神殿は冒険者に門戸を開いていますからね。特に、神の御使いである吟遊詩人は歓待を受けられるはずです。ただ──」
「?」
フェリテが小首をかしげる。
「私の両親がいるので、あまり愉快なことにはならないかもしれません」
「両親って、たしか、神殿長と神官長なんだよな」
この神都に住んでいたのか。
「……もしかして、仲悪いの?」
「悪い、というわけではないのです。ただ、たいへんに過保護でして。特に父が」
「なるほど……」
ふと不安がよぎる。
「俺が行って大丈夫か?」
「大丈夫かどうかは保証しかねるのですが……」
アーネが、真剣な瞳で俺を見つめる。
「共に来ていただけると心強いです」
「わかった」
来てほしいと言うのであれば、断る理由はない。
俺はアーネの友達であり、なんらやましいところはないのだから。
むしろ、こそこそしているほうが、後で問題になりそうだ。
「じゃ、このあとは神殿でいいのかな」
「ですね。神殿で報告を行い、もう一泊して、明日には街へ帰りましょう」
「了解」
「わかった!」
フェリテが食事に戻るのを横目に、食後の紅茶を啜る。
なんとなく──なんとなくだが、一波乱ありそうな予感がするのだった。
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