094 / 服を買おう!
碁盤の目のように並べられたガラス製の天井の下に、無数の店舗が軒を連ねている。
面白いのは、このアーケードが単なる直線ではなく、四つの交点を持つ"井"の字のすべてが屋根に被われていることだ。
元の世界に存在するかまではわからないが、あったとしても、かなり珍しい構造物なのではあるまいか。
居並ぶ店には上品なものが多く、道行く人々も身なりが良いように思える。
つまり、
「……俺、目立ってない?」
この世界にとって俺の服装が風変わりなものであることは知っている。
日本を知らないどこかの国で和服を着て歩くようなものだろう。
それでも、街ではさして気にならなかったものが、このアーケードでは妙に引っ掛かってしまう。
人々の視線をビシバシ感じるからだ。
「目立ってますよ」
「目立つよー……」
「やっぱり……」
気のせいではなかったらしい。
「見るからに高級な商店街だもん。もともとおしゃれして来るところだし、リュータの格好は珍しいから」
「……二人の言うことが実感できたよ。こりゃ、身綺麗なのが一着ないとダメだわ」
どんな場所にも相応しい服装というものがある。
身に着けた物品で価値が測られる場所というのは、それなりにあるものだ。
身なりを整えるということは、そういった場所へ足を踏み入れるためのチケットを購入するのに等しい。
「そういうことです。個人的にリュータの服装は似合っていると思いますが、場所によっては悪目立ちしてしまいます。無難なものがあったほうがいいでしょう」
「なるほどな……」
フェリテとアーネが"適当ではよくない"と言った理由に、ようやく得心が行った。
まさにその通りだ。
「最初にリュータの服を見立てよっか。そしたら目立たないと思うし」
「ですね」
「ありがとう、頼むよ。さっきから視線でMPが削られてるんだ」
「MPとは視線で削られるものだったのですか」
「削られるものなんだ、たぶん」
「んー……」
フェリテが周囲を見渡し、ある一つの店に目星をつける。
「あ、そこがいいかも!」
それは、明らかに高級志向な上品極まる店だった。
「──…………」
アーネが絶句する。
「……そこ、知る人ぞ知る高級ブランドの店舗ですよ。何を買っても金貨一枚以上はすると聞いたことがあります。私は二人の懐具合を知りませんが、避けたほうが無難かと」
「えっ! あたしの着てた服って、そんなに高価だったんだ。青銅貨三枚くらいかと思ってた……」
王族としての価値基準と冒険者としての金銭感覚が混じり合い、面白いことになっている。
「さすがだな。そんな高いの着たら、俺なら汚すのが怖くて外出られなくなるぞ」
「大袈裟だなー……」
あまり大袈裟に言っているつもりはないのだが。
「青銅貨から買える程度のリーズナブルなお店にしましょう。高くとも一着につき青銅貨四、五枚が妥当なところだと思いますし」
「だな」
アーネの感覚は、おおよそ俺と一致している。
青銅貨一枚が二千円程度の価値だから、五枚となると一万円だ。
服になんて、一万も出したら贅沢なほうだろう。
「お店選びはアーネにまかせた! あたしじゃよくわかんないや……」
「では、フェリテには、服選びの際に活躍してもらうことにしましょう」
「うん、わかった!」
フェリテが鼻息荒く頷く。
やる気だ。
「信頼してはいるけど、楽しみなような、不安のような……」
「最高にカッコいいの、選んであげるからね」
「ええ。全身全霊を以て選ばせてもらいます」
発言の一つ一つがフラグであるように感じられたが、口には出さなかった。
まず、フラグという概念から説明しなければならないし、仮に伝わったとしても失礼な物言いだからだ。
二人なら、最低でも、神都に溶け込めるような服装を選んでくれる。
そう信じることにしよう。
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