092 / ダンジョンの食糧事情
借り上げた一室に荷物を置き、宿を出る。
すこし歩くと大通りへと突き当たり、その両端に無数の屋台が軒を連ねていた。
甘い香り、燻製の香り、スパイスの香り──さまざまな匂いが渾然一体となって鼻孔へと押し込まれる。
ここまで混ざると何が何やらわからないが、とにかく空腹を刺激されることは確かだった。
「気になる店があったら、遠慮なく言えよ」
「リュータも言ってね!」
「わかったわかった」
「私は、あのヨーグルトドリンクの屋台が気になるのですが」
「お、食前に一杯行っとくか」
「いいね、とっても美味しそう!」
ヨーグルトドリンク、米粉を使った麺料理、甘辛く漬け込まれた豚肉を焼いたもの──さまざまな料理を食べ歩いては、これは美味い、これは微妙と品評を行っていく。
それが楽しくて、気が付けば屋台の閉まる時刻となっていた。
「──はー、食った食った」
「たくさん食べたねー……」
アーネが口元を押さえる。
「……私は、少々、おなかがきついです」
「悪い、アーネ。俺たちの量に付き合わせちゃって。俺も、元の世界では、さして食べるほうでもなかったんだけどさ。いざ冒険者になってみたら、食べても食べてもカロリーが足りなくて……」
「六層へ行くだけでも数時間歩くのですから、当然かと思います。まして、魔物と戦うともなれば、カロリー消費も鬼の如くでしょう」
「攻略を始めてすぐのころ、探索を切り上げてたいちばんの理由が、"水と食料がなくなったから"だったんだよね。今でこそリュータのおかげで水の使用が無制限になったけど、いずれにしてもごはんは有限だから」
「以前、六層の宝箱に常備しておくと言って、大量の食料を運び入れていませんでしたか?」
「ああ、あれか」
「あはは……」
フェリテが、ばつが悪そうに苦笑する。
「大量に持って行くとなると、多少は味にもこだわるだろ。冒険食だけじゃ味気ないし。すると、あるだけ食っちまうんだよな」
「だから、今は冒険食だけ置いてるよ。でも、結局、マスターのパンが恋しくて二泊か三泊で帰っちゃうから、あんまり減らないんだけどね。冒険食、ほんと飽きるんだ……」
この世界で言う冒険食とは、パン生地に油脂と塩を混ぜ込み固く焼き締めた、油っぽくて塩気のある乾パンである。
脂の臭みがやたらと前面に押し出されていて、はっきり言って美味しくはない。
「味のバリエーションが多くて美味しい冒険食とか開発できたら、冒険するより儲かると思う」
「絶対売れるよ! あたしなら買うもん」
「俺も買う」
「たしかに。あの冒険食は口にしたことがありますが、それだけで何日も過ごすのは少々つらいかと思います。二人とも、すごいですね」
「いちおう、冒険食以外の保存の利く食料も持って行ってるからな。焼き米とか」
「ダンジョンでの食糧事情って、案外深刻なんだよね。持てる荷物には限界があるし……」
「宝箱いっぱいに鉱石が入ってる、なんてことが何度も起こるダンジョンだからな。背負い袋には常に余裕を持たせておきたい。そうなると、場所を取らずにハイカロリーな冒険食一択になる。堂々巡りだ」
アーネが感心したように頷く。
「さすが現役冒険者の言葉です。リアリティが滲み出ていますね」
「重さはそのままでもいいから、無限に物が詰め込めるポケットが欲しい……」
「そんなのあるわけないよー」
ないのは当然知っている。
だが、国民的猫型ロボットの姿がどうしても脳裏をよぎってしまうのだった。
「せめて、往復の時間が短くなればなあ……」
「なりますよ」
「えっ」
「なります」
「……なるの?」
「ええ。一定以上攻略が成されたダンジョンには、往復の手間を省くため、転移陣が敷かれます」
「転移──ってことは、一瞬で、設置した階層まで跳べるってことか?」
「はい」
なるほど、合点が行った。
冒険譚を読んでいると、上層の描写が省略されていることが多かったのだが、あれは転移陣によって直接その階層へ跳んでいたということなのか。
たまたま転移陣の描写がされていない冒険譚ばかりを読んでいたらしい。
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