089 / 神都への誘い
「──身代わりの腕輪、ですか」
俺の書いたログを読み終わり、アーネが目をまるくした。
その左手首には、俺たちと揃いの真紅の腕輪が輝いている。
「うん。なんかね、すっごいものだったみたい。死んじゃったかと思ったよー……」
「──…………」
アーネが苦々しく目を伏せる。
その表情は、ひどくつらそうだった。
「体は。……体は、大丈夫なのですか?」
「うん、絶好調!」
「そりゃ、あんだけメシ食ってればな……」
「ごはん食べないと元気になれないよ。ごはんは元気の源なんだから」
冒険とは、ひどくカロリーを消費するものだ。
一概にフェリテのことを食いしん坊とも言えないが、それにしたってよく食べる子である。
「──んで、ヒーラー加入させるまで、一時的にダンジョンの探索を中断しようかと思っててな。六層のボスモンスターでこれなんだ。七層、八層と下るにつれて、危険はどんどん増していく。このまま進むのは自殺行為だろ」
アーネが、神妙な顔で頷く。
「……そう、ですね。ヒーラーは必須かと思います」
「だから、しばらくのあいだは竜とパイプ亭で冒険者待ちかな。何ヶ月かかるかはわからないけど、そのあいだに鍛錬でもするさ」
ただ、第七層へ行くための鍵を占有し、他の冒険者たちの探索を妨害するのは、街にとっても決して良いこととは言えない。
グラナダたちが階段を見つけた際には、彼らに鍵を売りつけようかと思っている。
「──…………」
アーネが、何事か思案し、言った。
「明日、神都へ向かおうと思います。二人とも、よろしければ護衛としてついてきてはいただけませんか?」
「神都?」
「神殿が行政運営を行っている都のことです。最も近い神都は、ここから駅馬車で半日ほどの距離ですね」
フェリテが小首をかしげる。
「もちろんいいけど、いきなりどうしたの?」
「ダンジョンに隠し通路があったことの報告を、さすがにしておかねばと」
「……今までしてなかったのか」
「していませんでした」
「何か理由でも?」
「サボっていました」
「ええ……」
案外不真面目だな、アーネ。
「徐々に冒険者たちが増えてきていますから、そろそろ神官一人では手が回らなくなりそうです。報告がてら、応援を呼ぼうかと」
「なるほどな」
「えっと、でも、神都ってたいてい治安いいよね。護衛っているのかな」
「いります」
断言してきた。
「いるのです」
重ねてきた。
「と言うか、寂しいのでついてきてください」
その言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「なんだ、そういうことか」
「えへへ、それなら喜んで!」
「ありがとうございます」
アーネが深々と頭を下げる。
「従業員も入りましたし、私がいなくとも竜とパイプ亭は回ります。それに、このあいだ、服を見に行くと約束をしたばかりですからね。服飾店の数は、神都のほうが遥かに多いですから」
「いいね、ついでに見てこうよ!」
「リュータ。私とフェリテの服を見立てていただけますか」
「え゛っ」
口から妙な声が漏れた。
「あんま、そういうセンスに自信ないんだけど……」
そもそも、こちらの世界の人間と感性が合うかもわからない。
あまり適任とは言えないだろう。
「似合うか、似合わないか。それだけでも構いませんよ」
「……まあ、それなら」
「お礼に、あたしたちがリュータの服を見繕ってあげるね」
「適当でいいぞ、適当で」
「よくなーい!」
「ええ、よくありません」
二人が眉をひそめる。
「リュータは上下二着ずつを着回していますよね。普段着はそれで構わないとして、身綺麗なものを一着は持っていたほうがよいかと思います」
「旅の最中なら仕方ないけど、ダンジョン攻略が続く限り竜とパイプ亭に逗留する予定でしょ。適当じゃダメだよ」
「……それもそうか」
最初から着ていたものと、そこらの日用品店で適当に選んだ服を、順番に着回しているだけだからな。
女性陣からすれば気になって仕方がなかったのかもしれない。
「じゃ、いっちょお願いしようかな。最高にカッコいいのを頼むぞ」
「まっかせなさい!」
「はい、お任せください」
明日は神都か。
この街以外の場所へ行くのは初めてだ。
アーネの護衛という体裁だが、その実は単なるお出かけのようだし、素直に楽しんでくるとしよう。
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