088 / 第七層への扉
フェリテが、周囲を見渡す。
「ところで、あたし、どうなったの?」
「えー……と、だな」
どう説明しようか。
「まず、小型の木人は、俺がなんとか倒したよ」
「そっか! さっすがリュータ!」
「んで、俺がフェリテに治癒薬を飲ませようとしたら、腕輪にヒビが入ったんだ」
「ヒビ?」
フェリテが、自分の左手首を確認する。
その瞬間、ヒビの入った腕輪は、まるで砂のように崩れ去っていった。
「わあ!」
「たぶん、その腕輪が、怪我を肩代わりしてくれたんだと思う」
「すごいものだったんだ……!」
「宿には予備が一つ残ってるけど、今後はこれが発動することがないようにしような。治ると言っても心臓に悪い」
「うん、わかった」
「──…………」
「?」
フェリテが小首をかしげる。
「ほんとにわかってんのかお前はあああ!」
そう言って、フェリテのほっぺたを両手でこねた。
「ふぶぶぶぶ」
フェリテの目を覗き込む。
俺の言葉が伝わるように。
「……命は、本当は一つだけなんだ。今回は運がよかっただけだ。だから、もう一度だけ約束してくれよ。自分の命を、大切にしてくれ」
「──…………」
フェリテが、俺の両頬に手を添える。
「……うん。リュータが泣かなくて済むようにするね」
「そうしてくれ」
「へへ……」
「……あー」
顔が、近い。
すこし気恥ずかしくなって距離を取る。
フェリテが、微笑みながら言った。
「心配してもらえるって、幸せだね」
「するほうはたまったもんじゃないんですけど?」
「ごめんってー」
「ほら、いつまでも座ってないで、しゃんと起きる。体に違和感はないか?」
フェリテが立ち上がり、自分の体の動きを確認する。
「うん、大丈夫みたい」
「なら、よかったよ」
その言葉で、ようやく安心できた。
俺は、フェリテを失わずに済んだのだ。
「……えーと、じゃあ、大樹の中でも見に行く?」
「そうしましょう!」
バラ撒かれていた荷物を片付け、背負い袋を背負う。
「忘れ物はないかー?」
「んー……」
フェリテが周囲を見渡し、巨大木人の残骸へ向かって歩いていく。
「どうした?」
「なんか光った気がして……」
「油断するなよ。まだ敵性精霊が残ってるかもしれない」
「うん、わかった」
残骸に意識を向けながら、フェリテが何かを拾い上げる。
「鍵……?」
「どれ」
フェリテの手に握られていたのは、手のひら大の無骨な鍵だった。
「これ、もしかしたら、第七層へ続く扉の鍵じゃないかな。あのおっきな木人、ボスモンスターだったのかも!」
「なるほど……」
ボスモンスターが存在する階層では、討伐しなければその先へ進むことができない。
そんな話を聞いたことがあるが、こんな直接的な意味だとは思わなかった。
「えへへ。"フェリテ"だけじゃなくて、あたしたちもレベル4になれたかなあ」
その言葉に、思わず吹き出す。
「さてな」
「えー! なれたって言ってよ!」
「はいはい、行くぞ」
「もー……」
神樹の周囲をぐるりと巡り、巨大木人の顕現によってできた大穴を覗き込む。
そこは、ちょっとした広間くらいの大きさの空間だった。
広間の中央の床に、金属製の大きな蓋がある。
鍵穴があることから、この蓋の下に、第七層へと通ずる階段が存在しているのだろう。
「ね、ね、開けてみようよ!」
「……いや、やめておこう」
「え、なんで?」
「俺たち、疲れてるだろ。このまま七層へ行っても、様子を見て帰ってくるだけだ。開けておいたら、他のパーティが七層に行っちまう可能性がある。だから、鍵はこのまま開けずに帰って、次の探索のときに開こう」
「帰るとき鍵掛けておけば?」
ひどいこと考えるな。
「……開けたらもう閉まらない気がするんだよ。だって、ボスモンスター倒したパーティだけが下の階層を独占しましたーみたいなトラブルって聞かないだろ」
「たしかに……」
「正直、今日はもう気力がねーよ。はよ帰りたい……」
「リュータがそう言うんなら、そうしよっか」
「悪いな」
「いーえー。じゃ、帰ろっか」
「そうだな。あと──」
軽く言い淀んだあと、告げる。
「……次にここへ来るのは、ヒーラーを加入させてからだ。いいな」
「──…………」
ナナセとルクレツィアの忠告は正しかった。
気絶してしまえば、治癒薬はなんの役にも立たない。
これ以上、自分たちの命を危険に晒すわけには行かなかった。
「わかった。ヒーラー、探そう!」
「ああ」
ヒーラーを仲間にするまで、ダンジョンへは潜らない。
そう決意し、俺たちは、竜とパイプ亭へと帰還するのだった。
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