表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/125

087 / 「お前は、最高の主人公だよ」

 たしかに、そうだ。

 考えてみれば、その通りだ。

 巨大木人の中には、百を超える数の精霊が宿っていた。

 ならば、その一体一体が木人を生み出したとしても、なんの不思議もない。


「──…………」


 フェリテが立ち上がり、戦斧を構える。


「リュータ、治癒薬を。あたしは時間を稼ぐ」


「あ、……ああ……!」


 脳が揺れている。

 吐き気が止まらない。

 恐らく、脳が損傷している。

 俺は、震える手で、腰の袋へと手を伸ばした。


 治癒薬の小瓶は、運悪く割れていた。


「らあああああッ!」


 フェリテが、俺を殴り倒した木人を、戦斧の一撃で破壊する。


 早く。

 早く。

 早く。


 えづきながら、背負い袋を開く。

 無数の木人が迫る。

 フェリテが戦斧を横薙ぎにし、数体を破壊する。

 だが、数が多い。

 あっと言う間に取り囲まれてしまう。


 治癒薬を飲む前に、こいつらを一掃したほうがいいのではないか。

 そう考え、脳内に命令文コマンドを走らせる。


「……あ、が……ッ」


 痛苦が俺を苛む。

 火炎呪の命令文コマンドが脳内で霧散し、形にならない。

 思った以上に脳が深手を負っているらしい。

 ダメだ。

 まずは、治癒だ。


「──だ、……ッ!」


 フェリテの悲鳴が聞こえる。


「あぐ、……うあッ!」


 早く、

 早く、

 早く──


 粘性のある治癒薬を、なんとか飲み下す。

 頭蓋の中に熱が沸く。

 脳が煮えたぎる。

 熱いとか、痛いとか、そんな言葉では片付けられない、純粋な責め苦だ。

 十秒が永遠にも感じられ、やがて──


「……ふはッ、……は、……はッ」


 一瞬で意識がクリアになる。

 脳の損傷にすら、問答無用で効くのか。

 恐ろしい薬だ。


「──ッ、フェリテ!」


 我に返り、顔を上げる。

 そこに、フェリテがいた。

 襤褸切れのように傷ついて、それでも、俺をかばうように立っていた。


「フェリ、テ……?」


 戦斧を支えにしてようやく立っている彼女は、とうに意識を失っているようだった。

 木人の一体が、フェリテの横顔を痛打する。

 フェリテは、痛みにうめくこともなく倒れ、そのまま動かなくなった。


「──…………」


 嗚呼。


 嗚呼。


 嗚呼。


 俺が、不甲斐ないせいで。


 木人が俺に飛び掛かる。

 どうでもよかった。

 このまま殴り倒されても、それはそれで罰となる。

 だが、フェリテが救ってくれた命だ。

 失うことはできない。


「──死ねよ」


 脳内に命令文コマンドを走らせる。

 茶番は、もういい。

 問答無用だ。

 周囲五十メートル圏内、俺とフェリテ以外の動くものすべてを塵と化す。


 当てるとか、

 避けるとか、

 燃やすとか、

 火炎呪の完全な理解の前には、なんの意味も成さない。

 フェリテが俺の火炎呪に頼りすぎないよう、加減していただけだ。

 俺は、知覚できる範囲の熱エネルギーを、完全に支配することができるのだから。


 かつて木人だった無数の黒い塵が、ほのかな風に霧散していく。


「……フェリテ」


 その手に治癒薬を握り、フェリテを抱き起こす。

 わかっている。

 意識を失っているフェリテに、治癒薬を飲ませることはできない。

 だったら、こんな粘っこい液体に、なんの意味がある?


「フェリテ……」


 吐息が、か細い。

 すぐにも止まってしまいそうだ。

 俺のせいだ。

 俺が、油断したせいだ。

 何が、極大呪と大呪は使わない、だ。

 本末転倒にも程がある。

 涙が溢れる。

 傷を負い、血まみれのフェリテの頬を、俺の涙が汚す。


 俺には〈ゲームマスター〉がある。

 フェリテの死を防ぐ手段は、ある。

 ずっと考えていた。

 俺は、神ではない。

 すべてを好きなように操ることは、俺自身が許さない。

 死を覆すような真似は、決してすまいと。


 だが、フェリテは死んでいない。

 まだ息があるのだ。

 ならば、俺がすべきことは一つだった。


 羊皮紙と羽根ペンを展開する。

 そして、フェリテの左手首を飾る真紅の腕輪を見つめた。

 これでいい。


【第六層の宝箱から入手した真紅の腕輪は、"身代わりの腕輪"であった】

【装備者が、致死、あるいは死に準ずるダメージを負った際に、その傷をすべて身代わりに負い、砕け散るのだ】


「──これで、大丈夫なはずだ。なんとかなるはずだ」


 羊皮紙を羽根ペンを収納し、フェリテの右手を取る。

 怖かった。

 不安だった。

〈ゲームマスター〉の能力は、俺が自らの努力で得たものではない。

 借り物だ。

 借り物の能力なんて、心の底から信じられるだろうか。


 長い、あまりにも長い数秒が経ち、


 ──ぱきん。


 フェリテの腕輪に、ヒビが入った。

 その瞬間、フェリテの体が白く輝き、まるで時間が巻き戻るかのようにすべての傷が癒えていく。

 血液で汚れた衣服すら、元に戻っていった。


「──……、ん……」


 フェリテが、身じろぎをする。


「フェリテ!」


「リュー、……タ……?」


「よかった……!」


 思わずフェリテを抱き締める。


「わ……!」


 涙が溢れ、頬を伝っていく。

 それが、くすぐったかった。


「あたし……」


「……守ってくれて、ありがとう。お前は、やっぱり、最高の主人公だよ」


「えへへ。ちょっと危なかったけど、ね」


 フェリテを離し、親指で自分の目元を拭う。


「でも、前に言っただろ。いざと言うときは、絶対に、自分の命を優先すること。俺を守って死ぬとか、マジで勘弁してくれ……」


「……ごめん」


「やるなら、俺を守って、ちゃんと無事でいること。ここまでして、やっと、最高の主人公なんだからな」


「あれ、でもさっき、お前は最高の主人公だって」


「人の揚げ足を取らない!」


「は、はーい!」

広告下の評価欄より【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、執筆速度が上がります

どうか、筆者のモチベーション維持にご協力ください

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どれだけそれっぽくて高尚な理由を並べても、現実でそれやっている以上は、舐めプです そんなんで、後悔とか反省とかそこからつながる感動的なシーンとか、あんまりしつこくされると、逆に白けるので さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ