084 / 神樹
俺たちは、再び歩き始める。
この広い六層を、二人きりで。
これだけ景色が変わらないと、遭難するパーティも出るのではないだろうか。
的確な地図を描くナナセなら大丈夫だとは思うが、グラナダ探窟隊のことがすこしだけ気掛かりだった。
それから三時間ほど歩いたころ、俺たちは、一際大きな巨木の根元を訪れていた。
「でっ、……かーい!」
一本一本が数十メートルの高さを誇る巨木の中ですら頭一つも二つも抜けた、神樹とでも呼ぶべき存在だ。
メジャーを持って幹の周囲をぐるりと計測すれば、百メートル以上にはなりそうだった。
「すごいな……」
こんな大樹、地球上には存在しない。
それが、太陽の光の届かない地下に根を張っているのだから、驚きだ。
「ね、ぐるっと回ってみよう!」
「おう!」
クリップボードに挟んだ羊皮紙にマップを描きながら、神樹の周囲を歩いていく。
元は石畳だったものが歪んだ根により持ち上げられ、ひどい悪路となっていた。
「──……?」
隣を歩くフェリテを、右腕で制する。
「?」
不思議そうな顔をしていたフェリテだったが、すぐ俺の意図に気が付いたようだった。
前方に光る人影が見える。
人の形を取った精霊の群体だ。
敵性精霊は、一体一体が木人を操る。
群体がまとめて敵対的だと、とんでもない数の木人を相手取らなければならなくなるだろう。
可能なら刺激したくはなかった。
「……何してるんだろ」
フェリテが俺に耳打ちをする。
光る人影は、神樹の前に立ち、微動だにしなかった。
「どうする? 迂回するか?」
「んー……」
しばし思案し、フェリテが答える。
「すこしだけ、様子見てみよっか。なんだか気になるよ」
「わかった」
気配を消し、腰の高さほどにも盛り上がった木の根の陰に隠れる。
光る人影は動かない。
だが、よくよく観察してみれば、あくびを手で隠すような仕草をしたり、時折体を揺すったりしている。
ひどく人間的だ。
「あれって、ここで暮らしてた人たちの行動を再現してる──ん、だよね?」
「確信はないよ。ただ、俺はそう思った」
「なら、ああいう動きをしてた人が、むかーしいたってことになる」
「仮説が正しければ、そうなるな」
「何してたんだろう……」
「──…………」
思案し、それらしい可能性を導き出す。
「見張り、とか」
「あのおっきな樹を守ってたってこと?」
「たぶん……」
「守る必要、あるのかな」
この神樹は、あまりに巨大だ。
極大火炎呪か極大雷鳴呪でもなければ、傷つけることすら難しいだろう。
「たとえば、ここに暮らしてた人々にとって、神聖なものだったとか」
「ありそうだね」
だからなんだ、という話ではあるが。
「……動きそうにないな。ひとまず、別のところへ行かないか?」
「んー……」
「どした」
「……どうしても気になる。あのあたり調べてみたい」
「そっか」
主人公の意志は尊重しなくてはな。
「じゃ、あの精霊たちを散らすか。敵性精霊でさえなければ、近付けば勝手に逃げてくれるだろ」
「だね」
根の陰から身を晒し、光る人影へと近付いていく。
思えば、光る人影に最初に出会ったときは、リスキーなことをしたものだ。
刺激して敵対すれば、とんでもない目に遭ったことだろう。
「……あれ?」
精霊たちが、逃げない。
こちらを向いているように見える。
次の瞬間、
──ぶわッ!
人影が、膨れ上がった。
「わ!」
巨大になった代わりに、精霊と精霊との隙間が広がり、向こう側が透けて見える。
初めての反応だった。
現状を判断しかねていると、全長十メートルほどにまで膨れ上がった人影が、神樹へと吸い込まれていった。
「──ヤバい!」
間違いない。
敵性精霊だ。
めき。
ばき、ばき。
めしゃり。
音が響く。
敵性精霊は、一体でも木人を作り出すことができる。
だが、二体いれば?
三体いれば?
いっそのこと、百体いれば?
その疑問の答えが、目の前に顕現しつつあった。
それは、巨大な木人。
木偶をそのまま大きくしたような、歪な形の怪物だった。
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