076 / 長髪と禿頭(3/4)
「いつでも仕掛けてきていいよ。あたし、腕相撲で負けたことないんだ」
「おーおー、言うじゃねえかあ」
大男が、その右腕に力を込める。
青い血管が浮き出した。
「奇遇だなア! おいらも腕相撲で負けたことねーんだよ!」
大男が上半身を左に倒し、一気に勝負を仕掛ける。
だが、
「──……は?」
フェリテの右腕は、頑として動かなかった。
「ンぎッ! らあッ! だああッ!」
動かない。
動かない。
動かない。
──否、動き始める。
フェリテの勝利へ向けて、ゆっくり、ゆっくりと、腕が倒れ始める。
「さ、がんばって!」
「ま、待て! 待って! な、なんかおかしいぞ!」
フェリテはいつでも勝負を決められる。
にも関わらず、嬲るように、いたぶるように、ゆっくりと相手に実力差を刻みつけているのだ。
怒っていたのは俺だけではないらしい。
「やめて! 負ける! 負けるウ!」
やがて、大男の手の甲がテーブルに押し付けられた。
「はい、あたしの勝ち」
大男が、いっそ恐怖すら混じった視線をフェリテへと送る。
「……や、八百長だ! 無効だ無効!」
フェリテの勝利にいちゃもんをつけたのは、長髪の男だった。
「うッわ、情けねえ……」
煽るつもりもなく、心の底から悪態がついて出た。
「──…………」
大男のほうは、自信を粉々に砕かれたのか、完全に戦意喪失している。
長髪の男だけが口汚く喚いている状況だ。
俺は、そっと溜め息をついた。
「……わかった。外へ出ろよ。ここじゃ不味いだろ」
「ああ」
男の目が、据わっている。
やる気だ。
「……リュータ」
アーネが心配そうに俺を見上げる。
「大丈夫だよ。殺す気なんてないから」
アーネの頭をぽんと撫でて、外へ向かう。
薄暗い酒場から出たことで、晩夏の陽射しが網膜を灼いた。
竜とパイプ亭の正面で、俺と男が対峙する。
「武器持ってこい。それくらいは待ってやるよ」
「必要ない」
「そうか」
長髪の男が、長剣の柄に手を掛ける。
「あちっ」
熱されていたことを忘れていたらしい。
男は、俺を睨むと、言った。
「半殺しで済ませてやる。神官に治してもらうんだな」
「お優しいことで」
実際は、殺人犯になりたくないだけだろう。
小物だ。
熱さを我慢しながら、男が長剣を抜く。
「──行くぜ」
正眼に構えた男が、長剣を高々と振り上げる。
隙だらけだ。
俺が剣を持っていたら、腹部を薙いでいただろう。
俺は、脳内で命令文を走らせると、無詠唱で魔力を解き放った。
男を囲むように、炎が地面で円を描く。
そして、
──ボッ!
男の周囲に炎の壁が立ち現れた。
「な──」
炎の檻だ。
「あ、……ッぢ! あちい! あぢい……ッ!」
「リュータ!?」
アーネが驚愕に目を見開く。
「大丈夫、囲んでるだけだよ。燃やしちゃいない」
「よかった……」
「──一つ、言っておく」
炎の檻の中で苦しむ男に、告げる。
「俺は吟遊詩人だが、大呪使いでもある。このまま塵も残さず焼き尽くせば、証拠も何もないんだぜ」
「あ──」
男の鼻っ柱が、ようやくポキリと折れるのがわかった。
「……す、す、……すみませんでした! だから、助けて! 助けてください!」
「誠意が足りないんじゃないか?」
「ごめん! ……いや、ごめんなさい! 熱いんです! 本当に熱いんです!」
「こら!」
フェリテが俺の腕を取る。
「いや、こういう輩は、一度徹底的にわからせてだな」
今度は、アーネが反対側の腕を抱いた。
「……リュータ、もう十分です。解放してあげてください」
「──…………」
こうなってしまっては、俺の負けだ。
「わかった」
意識を集中すると、炎の檻が一瞬で掻き消えた。
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