073 / パンは勝利の味がした
「そう考えると、リュータさんとフェリテさんは、バランスがよいのかもしれませんわね。パーティメンバーが少ないからこそ映える物語もございます。多くの場合、二人で潜るなんてことは難しい。深層へ挑むともなれば、自殺行為にすら近しいものですから。ただ──」
ルクレツィアが眉をひそめる。
「わたくしどもの失態を見て察したかとは思いますが、ヒーラーは必須です。命は、一瞬の油断で刈り取られる。その確率を下げてくださるのが、治癒呪を扱うヒーラーですから」
ナナセにも言われたことだ。
俺は、深々と頷いた。
「……ああ、肝に銘じておくよ」
「幸い、この一週間で、竜とパイプ亭には冒険者がぽつぽつと集いつつありますわ。条件に合うヒーラーを勧誘するか、吟遊詩人のいないパーティと併合するか、どちらかを選ぶべきでしょうね」
「実は、昨夜、パーティに勧誘されたんだよな」
「そうなのですか?」
「ああ。でも、向こうが吟遊詩人のいない六人パーティでさ。ただでさえ多いのにフェリテはいらないって言うんで、断ったんだ」
「ふふ、相変わらず仲がよろしいのですね」
「そりゃな。俺に冒険の楽しさを教えてくれたのは、フェリテだ。あの子を主人公にするって決めたんだ。ルクレツィアだって、別のパーティからメンバーを交換しようなんて言われたら、断るだろ」
「……怒りますわね」
「そういうこと」
そんな会話を交わしていると、竜とパイプ亭のほうから、見慣れた赤髪の女の子が歩いてきた。
「おーい、リュータ! ルクレツィアさーん!」
その両手には、二枚の皿が乗せられている。
「どうした、フェリテ」
「アーネから差し入れ。バゲットサンドだよ」
「おお!」
ちょうど昼時で、腹が減ってきていたところだ。
アーネは本当に気が利くなあ。
「あとでお礼を言わなければなりませんわね」
「まったくだ。フェリテもありがとうな」
「いーえー。それにしても、暑いね。溶けちゃいそう……」
底抜けの青空から、ぎらぎらした陽射しが降り注いでいる。
正直、木陰でなければやっていられない。
ダンジョンの入口ではなく、森のほうで訓練を行っていたのは、そういう理由からだった。
「ダンジョンに潜っていると忘れがちですが、もう夏も終わりに近付いておりますからね。日中は、晩夏のほうが暑いものです」
たしかに、そういうものかもしれない。
「お皿、切り株に置くね」
「ああ」
フェリテが、切り株の上のグラスに気付く。
「あ、お水だ。これ、リュータが出したの?」
「そうだぞ。すごいだろ!」
自分の努力で成し得たものだから、安心して自慢できてしまう。
「うん、すごいすごい! 一週間で、もう出せるようになったんだ。ね、ね、飲んでみていい?」
「どうぞどうぞ。味見してないけど」
「どーれどれー?」
フェリテが、グラスに口をつける。
細い喉がこくりと鳴った。
「……うん、水だ!」
「水か!」
「水だ水だ! リュータも飲んで!」
「おう!」
グラスを受け取り、中身を飲み下す。
「水だ!」
「水だー!」
前もやったな、このノリ。
「ふふ、本当に仲がいい。羨ましくなってしまいますわね」
「えへへー」
「つーことで、今後は水に困らなくなったぞ。水浴びまではさすがに無理だけど、顔を洗ったり、体を拭いたりくらいならできる。七層以降でも快適に過ごせるはずだ」
フェリテが、柔らかく微笑む。
「……ありがとう、リュータ。あたしもリュータに負けないくらいがんばるね」
「ああ、期待してる」
しばし見つめ合っていると、ルクレツィアがこほんと咳払いをした。
「さあ、バゲットサンドをいただきましょうか」
「だな」
俺とルクレツィアは、レタスとトマト、潰した卵を挟んだバゲットサンドに手を伸ばした。
今日のパンは、勝利の味がした。
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