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066 / 治癒呪

「!」


 ただごとではない雰囲気を感じ取ってか、アーネが真剣な表情で腰を浮かせる。


「グラナダさん、どうなさいましたか」


「ケイル──うちのヒーラーが頭を打った。意識がない。治癒呪を使えるのであれば、癒してもらえないだろうか」


「彼はどちらに?」


「ダンジョンの入口だ。皆が待っている」


「わかりました。リュータ、フェリテ、続きは後ほど」


 羊皮紙を収納し、立ち上がる。


「いや、俺たちも行くよ。何か手伝えることがあるかもしれない」


「うん!」


「ありがとうございます。では、向かいましょう」


 グラナダの先導のもと、ダンジョンの入口へと急ぐ。

 時刻は既に午後九時を回り、巨大な三日月が夜闇をほの白く押しのけていた。


「──あ、来た! おーい、こっちこっち!」


 俺たちの姿を見つけ、ナナセがぶんぶんと手を振ってみせる。

 その足元では、ルクレツィアと大剣使いの女性──ソディアが、ケイルの様子を心配そうに窺っていた。


「ごめんね、来てもらって! できる限り動かさないほうがいいって、ルクレツィアが言うから」


 ルクレツィアが頷く。


「ええ。ダンジョンから運び出すのにさんざん動かしておいて今更とは思うのですが、その判断が明暗を分けるかもしれませんので」


 ナナセが戻ってアーネを連れて来るより、復路の時間を惜しんだということだろう。

 一刻も早い治療を。

 彼らはそう判断したのだ。


「では、診せていただけますか」


「よろしくお願いいたします……」


 アーネが、気を失っているケイルの枕元に膝をつく。


「すみません。彼を、横向きに」


「ああ、わかった」


 グラナダとソディアが、ケイルを側臥そくがさせる。

 人工精霊の淡い光が、ケイルの金髪を染める赤黒い血液を照らし出した。


「……深い、ですね。運悪く、尖った箇所に頭を打ちつけたようです」


「ケイル、幸薄いから……」


 ナナセの言葉に、ルクレツィアとグラナダ、ソディアまでもが深々と頷く。

 あんまりな言われようだ。


「では、治癒呪を」


 アーネが、口の中で呪文を唱え始める。

 攻撃魔法に比べ、治癒呪は難易度が高いらしく、呪文も相応に複雑になる。


「──ダ、リクト、セーヴァニア」


 二十秒ほどの長い詠唱を終え、アーネが傷口に手のひらをかざした。

 蛍火の淡い光がケイルの傷口を包み込む。

 傷口が髪の毛で隠れているため、無事に治癒したかどうかはわからなかった。

 続いて、アーネが聞き覚えのある呪文を唱え始める。

 鑑定呪だ。


「──…………」


 ケイルの額に指先で触れ、アーネが小さく頷く。


「無事、完治したようです。しばらくすれば起きるでしょうから、今は寝かせておいてあげてください」


「──ッ、はあー……」


 ナナセが深々と溜め息を漏らす。


「まったく、生きた心地がしなかったわよ……」


 そうだろうと思う。

 よりにもよって、傷を癒すべきヒーラーが意識不明の重体に陥ったのだ。

 ダンジョンにおいて、治癒の手段を確立することがいかに大切か、よくわかる事例だった。


「おつかれさま、アーネ。すごかったよ」


 アーネが、フェリテに微笑んだ。


「いえ。この程度であれば、さして」


「……ありがとう」


 グラナダが、アーネに深々と頭を下げる。


「感謝に堪えないとは、まさにこのことだ。本当にありがとう」


 グラナダ探窟隊の面々も、また、次々とアーネに頭を下げていく。


「お気になさらず。私は、神官としての責務を果たしただけですから」


「それでも、だ」


 グラナタが苦笑し、続ける。


「それで、いくら寄進すればいいだろうか。申し訳ないが、相場がわからなくてね」


「いえ、本当に必要ないのです。神殿だって、急に送金されても首をひねるばかりでしょう。ですから、寄進をしていただいても、全額私のお小遣いになるだけです」


「なんだ、それなら都合がいい。僕たちが感謝しているのは、神殿ではなく、アーネ嬢──君自身なのだから」


「そうね。いいから受け取っておきなさい」


 ナナセが荷物から財布代わりの革袋を取り出し、銀貨を二枚アーネに握らせる。


「これは、アタシたちの気持ち。いらないとか言うんじゃないわよ。こっちは借りがあると気持ち悪くて仕方ないんだから」


「──…………」


 アーネは、しばし目をまるくすると、そっと微笑んだ。


「……では、ありがたくいただいておきます」


 場に、和やかな空気が流れる。

 何事もなく済んで、本当によかった。

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