065 / 気負わずに、でも意識して
「──おめでとう! これにて、君たちはレベル3となる」
魔物のコマを革袋に仕舞いながら宣言すると、フェリテとアーネがハイタッチを交わした。
「やったね! とうとうレベル3だ!」
「ええ。今回で前提条件が整うので、レベル4から二種のステップを同時に踏めるようになりますよ」
「すごい! あたしなんて、火力が伸びるだけなのに」
「アタッカーとして最も重要なことじゃないですか。事実、レベル2の"フェリテ"は鬼のような火力でした。レベル3でどうなってしまうのか、今から楽しみです」
「えへへ、がんばるね!」
微笑ましいやり取りだ。
セッションを楽しんでいるのが伝わってくる。
「二人のレベルも上がってきたし、二層ではボスモンスターを出すぞ。強敵だから心してかかるように」
アーネの目に真剣味が宿る。
「とうとう、ですか」
「ああ、とうとうだ。ついでにNPCを出すことにする。戦闘には参加しないけどな」
「えぬぴーしー?」
フェリテが小首をかしげる。
「ノンプレイヤーキャラクター。"リュータ"と同じ、GMが操作するキャラクターのことだ」
「操作する、とは、演じるという意味でしょうか」
「ああ。これまでは探索と戦闘ばかりしてきたけど、TRPGの本質って、やっぱりロールプレイなんだよ。そう難しく考える必要はない。自分自身を演じるわけだから、その状況に置かれたとき自分はどうするか、NPCの言葉に対し自分ならどう答えるか、想像するだけでいい。簡単だろ?」
「うん。それなら大丈夫そうかも」
「むしろ、リュータが大変かと思うのですが……」
アーネの言葉に不敵な笑みを浮かべてみせる。
「おいおい、俺が元の世界でどれだけ経験積んできたと思ってるんだよ。NPC同士で延々会話を続けることだってできるぞ」
二人が目をまるくする。
「それって」
「一人芝居……?」
「今の状況なら二、三人が限度だけど、テキストセッションならその倍は同時に扱える。こちとら十年近くGMやってるもんでな」
「すごすぎる……」
「GMとは、そんなことまで可能なのですね」
「よし、せっかくだ。そのセッションが物語として面白かったかどうかで、臨時収入があることにしよう。"リュータ"がログを冒険譚にして、それを出版するイメージだな。この時点で神印を賜ることは難しいから、自費出版って形になるけど」
「自費出版ですか。たしかに、面白さが売り上げに直結する出版形態ですね」
「ああ。だからこそ、冒険が盛り上がるか否かっていう新たな要素を加えるわけだな。戦闘一つ取っても、魔物をすんなり倒すより、苦戦した末の勝利のほうが冒険譚は面白くなる。カッコいい台詞や熱い展開などでも収入は増える。これなら"リュータ"にも意味が生まれるだろ」
「吟遊詩人がいないとダンジョンに入れないんだから、もともと意味はあるよ?」
「システム上の意味、ということでしょうね。"フェリテ"と"アーネ"にとっては頼れる仲間ですが、これまでゲームの進行には関わっていませんでした。ここで役割を与えられたのは、とてもよいことだと思います」
「そういうこと。基本的に赤字にはしないから、そこは安心してほしい。追加でボーナスがもらえるようになるだけだな」
「やった!」
「しかし、カッコいい台詞ですか。なかなか難しいですね……」
そう言って、アーネが思案を始める。
「なーに、今から考えたって仕方がないさ。どんな台詞が飛び出すかなんて、会話をしてみなければわからないもんだ。でも、冒険譚を読んでたって、あるだろ。物語を彩る、心に残る台詞がさ」
「……ええ、あります。たくさん」
「気負わずに、でも意識して。それが大切だ」
フェリテが大きく頷く。
「気負わずに、でも意識して──か。なんだか深いね」
「どんなことにも通ずる言葉だと思います。気負って緊張しては、十全の結果は得られない。ですが、まったく気負わなければ、それはそれで成せないものですから」
「たしかに。これって、TRPGにまつわる格言だったりするのかな」
「いや、会話の流れで俺が適当に言っただけだけど……」
そこまで持ち上げられると恥ずかしいぞ。
「では、今のリュータのような台詞を言えるようになればいいわけですね」
「なるほどー」
「いや、まあ、……そういうこと」
二人が気に入ってくれたのであれば、訂正する必要もないだろう。
「じゃ、今からレベル上げ作業に入ろうか。二人とも取得するスキルは決まってるだろうから、上げたいステータスをそれぞれ──」
そう言い掛けたときだった。
「──アーネ嬢!」
竜とパイプ亭の玄関扉を勢いよく開き、グラナダが転がるように駆け込んできた。
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