063 / 武具屋にて(3/4)
「でも、これ、すぐ折れそうだな。さすがに薄すぎる」
「それは、うん……」
「試してみるか?」
ミスリル製の長剣を受け取り、おじさんが鞘から抜き放つ。
そして、切っ先を石畳の隙間に突き刺した。
「嬢ちゃん、これを折ってみな。嬢ちゃんの膂力なら、鋼の剣ですらたわむはずだぜ」
フェリテが戸惑う。
「……えっと、ほんとに折れちゃうかもだよ?」
「大丈夫だ。もし折れても弁償しろなんて言わねえよ。むしろ、本気でやってくれ。そのほうが話が早い」
「わかった」
おじさんが本気であることを察したのか、フェリテが長剣の柄を握る。
そして、
「──えいッ!」
恐らく、全力で力を込めた。
あのフェリテの全力だ。
鋼の長剣だって、折れたとしても驚かない。
「ん、ぎぎぎぎ……!」
だが、ミスリル製の長剣は、わずかにしなりすらしなかった。
弾性が一切ない。
にも関わらず、異様なほど頑丈なのだ。
「……すごい、ぜんぜん折れない」
「さらに言えば、衝撃にも強い。金床に乗せて金槌で百回叩いても、刃こぼれのひとつもしやがらねえ。どうやって加工したのか想像すらできない代物よ」
おじさんが、すこし自慢げに言う。
「こいつは、うちの爺さんが仕入れたもんだ。ま、家宝みたいなもんだな」
「そんなもの、売っていいんですか?」
「おいおい、武具屋が武器売らなくてどうするよ」
「それはそうですけど……」
「だけど、相応に高いぜ。大負けに負けて金貨五枚だ」
「たっか!」
「すっごく高い……!」
この世界で一ヶ月以上過ごしてきて、貨幣の価値もなんとなく理解できるようになった。
日本円に換算すると、鉄貨は恐らく二百円前後だ。
つまり、青銅貨は二千円。
銀貨、及び神聖紙幣は二万円。
金貨は一枚で二十万円程度となる。
金貨五枚は、日本円にしておよそ百万円。
安めの軽自動車なら新車で買えてしまうのだ。
「これでも、ほとんど仕入れ値だぜ。儲けはないに等しい。本当は金貨十枚で売りたいんだが、さすがに出せねえだろ?」
「そうですね……」
金貨十枚なら、絶対に買えない。
金貨五枚なら、いちおう届く。
買えることは買えるが、貯蓄が吹き飛んでしまう。
宿も無料ではないし、冒険の支度にだってお金は必要だ。
「欲しいけど、すぐには買えませんね。もうすこし稼いでこないと」
「えっと、あたしも出す……?」
「それは悪いだろ」
「一蓮托生なんだし、気にしなくていいよ。グラナダ探窟隊だって、ナナセちゃんがまとめて管理してるみたいだし」
「うーん……」
それにしたって、金貨五枚か。
百万円か。
「……いや、やっぱ即決はできないよ。もうすこし考えたい」
「ま、ゆっくり考えてくれや。こいつは兄ちゃん以外にゃ売らねえからよ」
そう言って、おじさんが長剣を鞘に収める。
「ただ、マジで業物だぜ。こいつは絶対に切れ味が鈍らない。もともと透けるほど薄いから、落ちようがないんだ。試した通り、折れることも欠けることもないしな」
「ミスリル製の武器防具って、どれもこんな感じなんですか?」
「ああ。そもそも、たんと使うと重くて持てやしないだろ」
「たしかに……」
不純物が混じっている鉱石ですらあの重さだったのだ。
純ミスリルともなれば、どれほどの重量があるのか想像もできない。
「ミスリル加工は、どれほど薄くできるかが勝負よ。どんなに薄くしたところで、たいていの素材よりは丈夫になるからな。ミスリル製の鎧なんざ、スッケスケだぜ」
「なんか素敵かも!」
「七色にきらめく透明な鎧、か。特別感はあるな」
少々派手だけど。
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