059 / 詠唱破棄は難しい?
玄関を出ると、西日が網膜を灼いた。
いつの間にか日が暮れていたらしい。
「場所はダンジョンの近くでいいか。入口に向かってぶっ放せば、誰にも迷惑かからないだろ」
「ええ、わかりました。お願いいたしますわ」
竜とパイプ亭はダンジョンと程近い。
俺たちは、ダンジョンの入口へと辿り着くと、足を止めた。
フェリテが目を輝かせながら言う。
「さ、リュータ。見せてあげてよ!」
「はいはい。じゃ、まずは普通の火炎呪からな」
プログラミングの要領で呪文を脳内に走らせる。
そのまま詠唱を破棄し、伸ばした手のひらからノータイムで炎の矢を放った。
炎の矢はダンジョンの入口へと吸い込まれ、一瞬、わずかに内部を照らして消えていった。
「で、次が──」
「待った! 待った待った待った!」
ナナセが目を見開き、俺を制止する。
「へ?」
ルクレツィアが真剣な瞳で俺を見上げた。
「……クドウさん。今、呪文を唱えておられませんでしたわね」
「あ、ああ。呪文を唱えると、どうしても隙が生まれるからな。威力が減衰するわけでもないし、基本的に詠唱破棄してる」
「──…………」
「──……」
ナナセとルクレツィアの驚愕の瞳が、俺を射抜いた。
これは、やってしまったかもしれない。
「……もしかして、珍しい?」
「いえ、詠唱破棄自体はわたくしも可能なのですが、クドウさんはその速度が尋常ではないのです。わたくしが詠唱破棄を行わないのは、素直に詠唱をしたほうがずっと早いから。実用レベルの詠唱破棄というものは、初めて拝見いたしました……」
「ふーむ……」
しばし思案したのち、提案する。
「ルクレツィア。水撃呪と雷鳴呪を見せてくれないか。系統は違っても、詠唱破棄に関してならアドバイスできるかもしれない」
「了解いたしました」
ルクレツィアが、意味の理解を拒むような呪文を詠唱し始める。
火炎呪しか扱えない俺には、それが水撃呪なのか、雷鳴呪なのかすら判別できない。
そして、きっかり十秒後──
「──ル、ラクシォ、ヘネク!」
詠唱を終えると共に、ルクレツィアの伸ばした両手から、直径一メートルほどの水球が放たれた。
あまりの勢いに、ルクレツィアの両腕が真上へと弾かれる。
水球は、一瞬でダンジョンの入口へと吸い込まれ、遥か遠くで轟音を響かせた。
壁に当たったのなら、恐らくヒビくらいは入っているだろう。
「これが水撃呪か……」
消防車のホースから放たれるような水流のイメージだったのだが、なかなかどうして威力が高い。
「とどめには使えませんが、相手を吹き飛ばすことくらいは可能ですわ。また、雷鳴呪の通りをよくするための布石としても用いますね」
「水を出せたら、すっごく便利そう!」
フェリテの無邪気な言葉に、ナナセが答える。
「生活水には事欠かないわね。むしろ、用途としてはそっちのが多いかも」
水袋を持ち歩かずに済むのは、たしかに便利だ。
「次に、雷鳴呪も頼む」
「はい」
ルクレツィアが再び呪文を唱え始める。
水撃呪とはまったく異なる言語だ。
解析すれば火炎呪との互換性は見つかるのだろうが、一度聞いただけで理解できるはずもない。
「──ロウ、オクタヴィカ!」
パチッ!
周囲の空間が帯電する。
ぞわりと総毛立つ感覚と共に、ルクレツィアの右手からダンジョンの入口とを繋ぐ一条の光が現れる。
光速で放たれたそれが網膜に焼き付き、一瞬遅れて爆発音が轟いた。
「感電だけでなく、ある程度の破壊力はございます。雷鳴呪は、五属性の中で最も威力ある魔法ですから」
五属性魔法とは、火炎呪、水撃呪、雷鳴呪、風嵐呪、地動呪の五種を指す。
攻撃魔法のほとんどは、このいずれかに分類される。
「六層の木人、これで行けると思う?」
ナナセの問いに答える。
「一撃必殺とは行かなくても、十分戦えそうだな。焦げたところに大剣を振るえば両断も容易だろ」
「おっし!」
ナナセが小さくガッツポーズを取った。
「じゃ、詠唱破棄のコツを教える前に、約束通り大呪を見せるよ。離れていてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
四人が、数歩下がる。
それを確認し、俺は、ダンジョンの入口へと右手を伸ばした。
脳内に命令文を走らせる。
呪文によって自らの魔力を変質させ、世界へと解き放つイメージだ。
「──よっ、と」
右手に熱が灯る。
それは、まばたきのうちに巨大に膨れ上がり、ルクレツィアの放った水撃呪とは比較にならないほど巨大な火球となった。
ダンジョンの入口より遥かに大きな業火が、岩肌にめり込み、焼き焦がす。
今回は物理衝撃を呪文に組み込んでいないので、入口を破壊する恐れはない。
岩肌が高熱によって融解、ガラス化し、西日をきらきらと反射した。
「こんな感じ」
「──…………」
「──……」
「──………………」
フェリテ以外の三者が、呆然と立ち尽くしたまま溶けた岩肌を見つめていた。
「すごいでしょ!」
フェリテがえへんと胸を張る。
「すっご……」
「これが、大火炎呪……」
「極大呪ともなれば、どれほどの威力を持つのか想像も及びません……」
「はは……」
だいぶ慣れてきたが、チートで得た能力を褒められるのは、なんとも言えず据わりが悪いものだ。
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