058 / 呪、大呪、極大呪
「吟遊詩人のアンタを戦力として数えるなら、一人減らしてもいい。それでも、あと一人は絶対に必要。できればヒーラー。頑張って探しなさいよ、ほんと」
「……ありがとう、ナナセ。わざわざ心配してくれるなんて、いいとこあるじゃん」
「そりゃ、知り合いに死んでほしいわけじゃないもの。アンタには五層六層の情報をもらった恩もあるしね」
「持ちつ持たれつってやつだな。他のパーティは、競争相手ではあっても敵じゃない。そういうことだろ」
「そんなところ。宝箱は早い者勝ちだけど、奪い合い、殺し合いなんて滅多に発生しないもの。ログが残るからね。冒険者を嬲るためにダンジョンに潜る異常者なんかもいるとは聞くけど、そんなのは例外中の例外。出会ったら運がなかったとしか言いようがないわ」
「ダンジョンの中なんて、どう考えても法律が通用しないもんな。国や神殿は、吟遊詩人のログと入洞届で、かろうじて状況を把握してるってところか?」
そう、アーネに尋ねる。
「──…………」
だが、アーネはぼんやりしていたようで、俺の言葉を聞いてはいなかった。
「……アーネ?」
「はい?」
名前を呼ぶと、アーネがようやくこちらを向いた。
「もしかして、疲れてるのか?」
「あ、いえ、そういうわけではないのです。ただ、考え事をしていまして」
「そっか。ならいいんだけど……」
すこし心配だな。
そんなことを考えていると、フェリテとルクレツィアがこちらへ近付いてきた。
「リュータ! アーネ!」
ぶんぶんと手を振るフェリテに尋ねる。
「どした?」
「こちら、ルクレツィアさん。魔法使いなんだって」
フェリテの紹介を受けて、ルクレツィアが会釈をする。
「──ルクレツィア=ルインハルトと申しますわ。お見知り置きを」
こちらも会釈を返す。
「ご丁寧にどうも。リュータ=クドウだ。吟遊詩人をやってる」
「極大火炎呪を扱える剣の達人で、マッピングの天才──でしたわね。フェリテさんから聞き及んでおります」
「が」
言うなよ。
フェリテを視線でたしなめる。
「ごめん、つい自慢したくて……」
チートで得た能力ゆえに、褒められても複雑な気分にしかならない。
だが、フェリテにもアーネにも〈ゲームマスター〉のことは伝えていないのだ。
仕方のないことかもしれなかった。
「極大火炎呪って、アンタ……」
ナナセが目をまるくする。
「魔法使いだって、そんなん使えるの本当に一握りよ。大呪の使い手すら決して多くはないんだから」
魔法の規模には三段階ある。
呪、大呪、極大呪だ。
メラ、メラミ、メラゾーマのようなものだと覚えておけばいい。
「よろしければ、魔法をご教授いただけないでしょうか。極大呪使いと初めてお会いしたものですから」
「いや、俺、水撃呪も雷鳴呪も使えないし……」
「系統が異なっていても、根本は同じこと。手本を見せていただければ、きっとわたくしの糧になると思うのです」
最初は、極大呪使いと嘯く俺の化けの皮を剥がそうとしているのかと思った。
だが、その目に宿るのは、純粋な尊敬だ。
真摯に頼まれると、俺も弱い。
「……わかったよ」
しぶしぶながらに頷くと、フェリテがルクレツィアの両手を取った。
「やったね、ルクレツィアさん!」
「ええ。わたくしの我が儘を聞き届けていただき、感謝に堪えませんわ」
あまりにも素直に喜ばれてしまった。
ナナセが、何故か嬉しそうに言う。
「やりにくい?」
「……ちょっと」
「アンタ、ひねてるからね。癖のある相手のほうが扱いやすいんでしょ」
「ナナセに言われたくないんだけど」
「アタシに似てるって言ってるのよ」
嬉しくない。
「じゃ、外でいいか? さすがに極大呪を使う気はないけど、大呪だって十分危険だ。竜とパイプ亭が燃えちまう」
「ええ、もちろん」
当然とばかりに頷くと、ルクレツィアが先導するように屋外へと向かう。
席を立つと、アーネが遠慮がちに尋ねた。
「リュータ。私も見学していいでしょうか。思えば、リュータの魔法をこの目で見たことがありませんでしたので」
「もちろんだ。いくらでも見てってくれ」
「ありがとうございます」
ナナセがグラナダに声を掛ける。
「グラナダー! リュータが大呪見せてくれるって! アンタたちもどう?」
グラナダが、いつもの不敵な笑みで答える。
「興味はあるが、やめておこう。五層の地図を見ながら作戦会議の真っ最中でね」
「そっかー」
さして残念そうでもなく、ナナセが頷く。
俺は、フェリテ、アーネ、ナナセと共に、ルクレツィアを追った。
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