052 / 深夜、アーネと二人きりで(3/3)
「──それで、どうして私が神官になったのか、でしたね」
「ああ。聞かせてほしい」
「さしたる理由はないのです。両親が神官だったから、私にはそれ以外の道がなかった。本当に、ただそれだけ」
「──…………」
「父は神殿長。母は、その下に就く神官長。子供の頃から神官になるための教育を受けてきました。それに伴い、冒険譚もたくさん読みました。神印を賜ったものから、そうでないものまで、冒険者のあらゆる生き様を。おかげで友達はいませんでした。本の虫でしたから、当然ですね。だから、その、実を言うと──」
アーネが、珍しく、照れたように言った。
「リュータが、私の、初めての友達なのです」
「そうだったんだ……」
そりゃ、俺とフェリテが親密にしてたら、複雑な気持ちにもなるよな。
「私は、冒険譚が好きです。彼らという物語はたしかに実話で、作り話では決してない。すべて、本当にあったことなのです。子供の頃から、ずっと憧れていた。私も、あんな物語の登場人物になってみたいと思った。でも、それは難しくて。だから、ダンジョン攻略を疑似体験できるTRPGは、本当に、心の底から楽しいのです」
アーネが深々と頭を下げる。
「改めて、ありがとうございます。私にTRPGを教えてくれて」
俺は、ただ、自分の欲求のままに動いただけだ。
セッションがしたかったから、彼女たちを誘っただけだ。
でも、行動こそがその人の本性を表すと言うのなら、理由は関係ないのだろう。
「どういたしまして。まだまだ先は長いぞ。レベル10になれば、上級職だって解放されるんだから」
アーネがぴくりと眉を上げる。
「上級職、ですか?」
「ああ。レベル9と10じゃ、世界が変わると言っていい」
「そんなに……」
その瞳がわくわくと輝いていた。
「……もうすこしレベルが上がってからと思ってたけど、詳細書き出しておこうか?」
「はい!」
「わかった。明日には読めるようにしておくよ」
「……徹夜はしなくていいですからね?」
「しないしない。起きてから書くつもり」
「なら、いいのですが」
本当に、する気はない。
アーネに心配をかけたくないのだ。
「──あ、そうだ。さっき借りた冒険譚だけど、かなり面白いな」
「でしょう。ギルドものの傑作だと思いますよ」
「ギルドもの?」
「冒険の要素が薄く、冒険者ギルド内で物語が完結しているジャンルです。主に人間模様が描かれることが多いですね」
「へえー、ジャンルとして確立してるんだ」
「他にも、魔物の生態に焦点を当てたものや、仲の悪いパーティのギスギスした雰囲気をあえて描写したものなど、ジャンルは多種多様です」
「……そんなのに紛れて"最高の冒険譚"を書かにゃならんのか。ますます俺にできるかどうか」
「リュータにならできる──そう断言したいのですが、私はそこまで楽観的にはなれません。ですので、私らしくこう言いましょう」
アーネが、慈しむように微笑んだ。
「できるまで、手伝いますよ。ずっと」
「──…………」
それは、なんと勇気の出る言葉だろう。
なんと心強い言葉なのだろう。
「……ありがとう、アーネ。やる気出てきた」
「ならば、よかったです」
アーネが、部屋の時計に目をやる。
「さて、そろそろお暇しますね。日付が変わりそうですから」
「ああ。何かあれば、いつでも来て──」
そう言い掛けて、止める。
「違うな。何もなくても、来てくれていいから。いつだっていい。友達だもんな」
「──はい!」
その笑顔は、今日見たどの表情よりも輝いて見えた。
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