047 / 吟遊詩人の仕事は冒険後に始まる
「へへー……」
フェリテが愛おしげに三人の腕輪を見つめている。
「フェリテは不思議な人ですね。出会ってまだ二日しか経っていないのに、するりと私の心に入り込んでしまう」
フェリテが、そっと首を横に振った。
「違うよ。あたしが入り込んだんじゃない。あたしはただの不器用な女の子。不思議なのは、リュータだよ」
「……へ?」
思わぬところで名前が出てきて、素っ頓狂な声が漏れた。
「だって、あたしの涙を止めてくれたのは、リュータだもん」
「いや、俺は、ただセッションしたかっただけで……」
「いいの、それでも!」
嬉しいやら戸惑うやらで目を白黒させていると、アーネが口を開いた。
「仲良きことは美しきかな。ですが、私もリュータに相談したいことがあるのです」
「なんだ?」
「これを見てください」
アーネがポケットからメモを取り出す。
「レベル10までの、転職を含めたスキル取得予定表です。GMの意見を聞きたくて」
「おおう……」
ガチのやつだ。
「どれどれ」
予定表にざっと目を通す。
「どうでしょうか」
「……ルールブックもない状況で、それもレベル1の状態で、よくこれだけ組めたな」
無駄のない玄人向きの取り方だぞ、これ。
「すごい……」
「見たところ問題ないよ。このまま取ってっていいと思う」
アーネが、ほっと息を吐いた。
「そうですか。それはよかった」
「でも、まだこれに決めなくていいんじゃないか」
「と、言うと?」
「セッションを進めていくにつれ、選択の幅が広がるってことさ。範囲魔法より単体威力に特化したくなったり、バッドステータスを絡めてみたくなったり、いろいろ見えてくる。だから、これは一つの案に留めておけばいい」
「なるほど……」
「それに、さ。セッションするのも楽しいけど、スキル構成こねくり回してるのも同じくらい楽しいだろ?」
アーネが微笑む。
「それはもう」
「あ、あたしも考えてみようかな。アーネ手伝ってー」
「もちろん構いませんよ。パーティとして連携を取る必要がありますから、一緒に考えて息を合わせたほうがいいでしょう」
「なら、次のセッションは明日の夕方からにしようか。すこし時間を置きたいし、今からはさすがにきつい。ログもまとめておかないと」
「そうだね、今からはちょっと。お風呂入りたいし……」
「いつでも入浴できるよう、ちゃんと沸かしてありますよ」
「さっすがアーネ!」
「夕食は先に済ませますか? それとも入浴後にしますか?」
フェリテが、申し訳なさそうに言う。
「リュータ、ごめんね。ごはん後でいい……?」
「食事は食事で別々に食べればいい気がするけど……」
「えー! せっかく仲間なんだから、一緒に食べようよ! ダンジョン内でだって別々に食べてたじゃん!」
「そりゃ、同時に休息取ってたら、魔物に襲われたとき困るからだろ」
「でも、ここなら魔物襲ってこないし……」
口を尖らせるフェリテの様子に、思わず苦笑する。
「わかった、わかった。今すぐ食べなきゃ飢えて死ぬわけでもないし、フェリテが風呂から上がるのを待ってるよ」
「やったー! 好き!」
好きて。
LoveではなくLikeだとわかっていても、すこしどきりとする。
「ふふ、リュータの根負けですね」
「だな……」
「じゃ、お風呂入ってきまーす!」
敬礼と共に、フェリテが浴室へと小走りで駆けていく。
「なんだか、子守りをしてる気分だよ」
「いいことではないですか。何があったのかと言うくらい、好かれてしまって」
「……ま、悪い気はしないけどさ」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、アーネが小首をかしげてみせた。
「本当に猥褻はなかったのですか?」
「ねえよ!」
「ふふ」
アーネがいたずらっぽく笑う。
「では、フェリテが上がるまでに、つまめるものを持ってきますね。空腹でしょうから」
「ああ、お願いするよ。それ食べながらログでもまとめておこうかな」
「ええ、楽しみにしています」
アーネがカウンターの奥へと消えていく。
それを見送ったあと、俺は、羊皮紙と羽根ペンを意識野から取り出した。
書くべきことはいくらでもある。
今日は徹夜になるだろう。
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