045 / 鑑定のお時間(1/2)
「ただいまー……」
竜とパイプ亭の玄関扉を開く。
疲れ切った体を引きずって店内へ入ると、アーネがこちらへ駆け寄ってきた。
「──お帰りなさい、二人とも」
フェリテが元気いっぱいに右手を上げる。
「うん、ただいま!」
「と、とにかく、荷物を下ろしたい。重い……」
「ええ。では、いつものテーブルへどうぞ」
占有権を主張するように一ヶ月座り続けた席に腰掛け、テーブルに突っ伏す。
「つ……、かれた……」
背負い袋の中身が床に触れて、ごとんと音を立てた。
「重いならあたしが持つって言ってるのに……」
「……これはさすがに意地の問題でな」
ミスリル鉱石を十個担いで平気な顔をしている女の子に、三個しか持っていない大の男が、重いつらいと荷物を渡すわけには行くまい。
「ダンジョン攻略、お疲れさまでした。今、果実水をお持ちします」
「お願いします……」
「ありがと、アーネ」
「いえ」
カウンターの奥へ引っ込んだアーネが、たっぷり氷の入ったグラスに果実水を注いで戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがてえ……」
甘酸っぱく香り高い果実水を一気にあおり、喉を潤すと、生き返ったような心地がした。
「無事でよかったです。普段より遅いので、すこし心配していましたから」
「えへへ、ごめんね。楽しくて……」
「楽しい、ですか」
「うん。あたし、ようやく本当の冒険者になれた気がするんだ。リュータのおかげで!」
そう告げて、フェリテが俺を慈しむような目で見つめる。
「──…………」
アーネが無垢な瞳で言った。
「猥褻なことをしましたか?」
「してねえよ!」
「本当に?」
「健全に冒険しただけです! あとでログに起こすから、それ読んでくれよ……」
「わかりました。ひとまず納得しておきます」
「……えへへ、なんだか恥ずかしいな」
「──…………」
アーネの視線が俺を射抜く。
「だーかーらー」
「冗談です。二人がたいへん仲良くなったように感じたものですから、すこし妬いてしまいました」
「……お妬きになられましたか」
これは、どんな反応を返せばいいのだ。
リアクションに困っていると、思い出したようにフェリテが尋ねた。
「あ、そうだ。アーネ、鑑定呪って使える?」
「ええ、いちおうは。ただ、熟達しているとは言いがたいですから、鑑定できないものも多いのですが」
「十分十分! 実は、五層と六層の宝箱で、こんなもの見つけたんだ」
フェリテが荷物から戦利品を取り出す。
薬の入った五本の小瓶と、真紅に輝く四つの腕輪だ。
「あ、これも頼めるか」
こちらも背負い袋の紐を解き、水の入った瓶をテーブルの上に置いた。
「薬と腕輪、それと──透明な液体?」
「六層に小川があって、そこから汲んだ水だよ。飲めるかどうか鑑定できないかと思って」
「なるほど。飲み水を確保することができれば、そこを拠点に第六層を攻略できそうですね」
「片道四時間はかかるからな……」
現状、徒歩以外の手段がないため、往復の時間も馬鹿にならない。
さらに深層へ向かうに当たり、どれほどの時間を移動に費やすかわかったものではない。
おかげでさらに健脚になりそうだ。
「では、こちらから鑑定を」
アーネが、意味の取れない不可解な呪文を数秒唱え、水の入った瓶に触れる。
指先と瓶との接触部がわずかに輝いた気がした。
魔法とは、プログラミングのようなものだ。
正しい命令文を入力すれば、世界に対しそのプログラムが実行される。
内容を理解さえしていれば、自在に組み換えて新たな呪文を作り上げることも可能だ。
だが、俺は、鑑定呪の呪文を解することができない。
魔法の系統とは、プログラミング言語に例えることができる。
C++のみに熟達したプログラマーがいきなりPythonを扱えないように、別の系統は別の系統で学び直す必要があるのだ。
もっとも、多少の互換性はあるから、ゼロからのスタートにはならないのだが。
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