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040 / 神印を賜った冒険譚

「……でも、そっか。リュータ、いつかは帰っちゃうんだね」


 フェリテが、寂しそうに笑う。

 その様子に苦笑し、彼女の額を指で軽くつついた。


「わ」


「出会ったばかりで別れのことなんて考えるなよ。そもそも、"最高の冒険譚"が何を指してるのかもわからないんだぞ。最高に面白ければいいのか、いちばん売れればいいのか、はたまた別の意味があるのか、何ひとつわからない。かなり困難な道のりになる。その感傷は、帰る目処が立ってからでも遅くない」


「……そっ、か。そうだね」


 フェリテが冗談めかして言う。


「一生完成しないかもしれないし!」


「縁起でもねえ!」


「へへ、嘘だよ。リュータならできると思う。あたしは信じてるよ」


「──…………」


 その瞳が、あまりにもまっすぐに俺を信頼していて、気恥ずかしくなって目を逸らした。


「……そのためには、主人公に頑張ってもらわないとな」


「うん! このフェリテ=アイアンアクス、最高の主人公になってみせるよ」


「ああ」


 岩棚から腰を上げ、伸びをする。

 背中がパキパキと音を立てた。


「千里の道も休息から、だ。ここ、わりと平らだから使うといい。フェリテが寝てるあいだ、俺がちゃんと守るから」


「うん、ありがとう」


「俺の毛布、敷布団代わりに使いな。寝心地もすこしはましになると思う」


「あ、あたしも貸してあげればよかった」


「その暇もなく寝ちまったからな。今後、交互に休息を取るときは、そんな感じで貸し借りすることにしようか」


「うん、そうしましょう」


 フェリテが岩棚に俺の毛布を敷き、自分の毛布にくるまった。


「それじゃ、おやすみなさい……」


「おやすみ」


 フェリテが目を閉じるのを確認し、彼女から借りた冒険譚を開いた。

 表紙には教会の印章が大きく箔押しされており、誰が見ても公認の出版物であることがわかる。

 ページをめくる音だけが、通路に小さく響いた。


「──ね、リュータ」


「ん?」


「寝顔、あんまり見ないでね」


 苦笑する。

 当然のことながら、やはり女の子なのだ。


「わかった。なるべく見ないようにするよ」


「ありがと」


 再び、場に沈黙が満ちる。

 しばらくして、


「ね、リュータ……」


「なんだ?」


「レベル2になったら、どのスキルを取ったらいいと思う……?」


「"フェリテ"は純戦士だし、選択肢はあんまりないよ。順当に今のスキルを伸ばしていけば、それだけで強くなる」


「そっか……」


 三度、場に沈黙が満ちる。

 しばらくして、


「……リュータ?」


「いや、寝ろよ」


「だってー……」


「はーい、ここから私語禁止ね」


「う」


 落ち着かない気持ちもわかるが、しっかりと休息を取らなければ体が持たない。

 俺は、今度こそフェリテが口を閉ざしたのを確認すると、再び冒険譚へと視線を落とした。


「──…………」


 緻密な描写に、芳醇な表現力。

 最初の数ページだけでも、この冒険譚を記した吟遊詩人の実力がわかる。


 舞台は、ここから遠く離れた高難度ダンジョンだ。

 吟遊詩人を含む五人パーティは、あるとき、ダンジョンを囲むように発展した街で、とある依頼を受けることとなる。

 それは、ダンジョンの深部に生息する魔物の体液を採取してほしいというものだ。

 その魔物の体液は、とある病の特効薬を作るための材料らしい。

 彼らに依頼をしたのは、一人の少年だ。

 母親の病気を治すために、その薬が必要なのだ──と。


 そこから先は、心躍る冒険の連続だ。

 さまざまな危機がパーティを襲い、彼らはそれを知恵と勇気と実力で乗り越えていく。

 そして、ダンジョンの十三層にて、ついにその魔物と対峙する。

 恐ろしく凶暴な魔物に彼らは苦戦し、やがて一人の犠牲者を出してしまう。

 彼らは、悲しみに打ちひしがれながら、魔物の討伐に成功する。


 この五人は、長いあいだ一緒に冒険を続けてきた。

 その思い出のひとつひとつが情緒的に綴られていく。

 魔物の体液を持ち帰った彼らは、それで特効薬を作り、少年の母親に飲ませる。

 病は程なく全快し、喜んだ少年と母親が彼らに礼を告げる。


『礼なら、あいつに言ってやってくれ。あいつはお人好しだから、自分のことを棚に上げて喜ぶだろうさ』


 リーダーの台詞で締め括られた冒険譚を、俺は、万感の思いで閉じた。

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