004 / なんでもアリの〈ゲームマスター〉
見渡す限りの草原に、一本だけ刻まれた未整備の道を行く。
あちこちにゴロゴロと石が転がっており、そりゃ馬車も揺れるわけだと納得せざるを得ない。
【工藤竜太が道を歩いていると、やがて清涼な清水の湧き出る泉が見えてくる】
【この水は地下深くから湧き上がったもので、冷たく、かつ飲んでも腹を壊すことはないだろう】
立ち止まり、羊皮紙にそう記す。
夏が近いのか、秋が近いのか、そもそも四季なんて存在しないのかはわからないが、陽射しが強く感じられた。
風があるため汗が噴き出るというほどではないが、水分の補給は急務だろう。
しばらく進むと、描写の通りに、小さな泉にぶち当たる。
「……マジでなんでもアリだな」
もともと存在していたのか、世界を改竄したのかはわからないが、目の前に泉があることは事実だ。
泉に両手を差し入れると、痺れるほど冷たい。
すくって飲むたび、溢れた水が垂れて、シャツの襟元を濡らす。
俺は、喉を潤しながら、"随分喉が渇いていたんだな"と他人事のように考えていた。
「ぷあ……!」
ようやく満足し、濡れた手をジーンズで拭う。
人のいる場所まで、どのくらいの距離があるかわからない。
俺は、水を詰められる瓶か何かが都合よく落ちていないかと周囲を見渡し、自分の行動に苦笑した。
「そんなもん、書けばいいのか」
【彼が周囲を見渡すと、誰かの忘れ物なのか、革製の肩提げ鞄が落ちていた】
【肩提げ鞄の中には、見たこともない通貨の入った財布と、コルク栓のついた綺麗なガラス瓶が二本入っていた】
羊皮紙に、そう記す。
泉の周囲をぐるりと回ると、描写した通りの肩提げ鞄が落ちていた。
財布とガラス瓶もたしかに入っている。
これで、町や村に着いても、金がなくて何もできないということは避けられそうだ。
やろうと思えば金貨を空から降らせることも可能なのかもしれないが、TRPGのGMを志す者としては、なるべく道理に反する描写はしたくない。
「リアルの俺、今ごろ死体で見つかってんのかなあ。キャンペーンの途中だったのに……」
TRPGとは、テーブルトークロールプレイングゲームの略称だ。
紙と筆記用具、ダイスといった道具を用い、自分の作ったキャラクターになりきって物語を進めていく"ルールのあるごっこ遊び"である。
本来は対面して遊ぶものだったのだが、インターネットの発展により、オンラインでもセッションを行えるようになった。
声でやり取りをするものをボイスセッション、チャットを用いるものをテキストセッションと呼び分け、俺は後者のテキストセッションを主に行っていた。
TRPGの参加者は大きく二種類に分けられる。
GMとPLだ。
PLは、キャラクターを作成して、それになりきって遊ぶ役柄を指す。
GMはいわゆる進行役で、シナリオを用意し、NPCを操り、ルールに則ってキャラクターの行動を裁定する。
言わば、世界そのものを操り、PLを楽しませる役柄だ。
「……だから〈ゲームマスター〉なんて能力にされたのか」
たしかに俺はGMが好きだ。
PLたちが困難を乗り越え、素晴らしい物語を作り上げていくのを見ると、心が弾む。
「でもなあ……」
こんななんでもアリの能力を与えられて、異世界に放り込まれたかったわけではないのだ。
俺は、ガラス瓶に水を汲むと、溜め息一つを残してその場を後にした。
日が暮れる前に、どこかに辿り着くことができればいいのだが。
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