039 / 眠りから覚めて
「──……、ん……」
目蓋を開く。
夢を見た気はするのだが、内容がひどくナンセンスで、言語化することは難しい。
俺は、あくびを噛み殺しながら上体を起こした。
「あ、起きた」
「……おはよう。俺、何時間くらい寝てた?」
「えーとね」
フェリテは、読んでいた本を置くと、自分の荷物から懐中時計を取り出した。
家から持ち出したものか、ダンジョンには不釣り合いなほどに上品な装飾が施されている。
「たぶん、八時間くらい?」
「は──」
一気に目が冴える。
「いや、起こせよ!」
「あはは。すごく気持ち良さそうに寝てたから、起こすのが忍びなくて」
「……あー」
思わず頭を抱える。
フェリテだって疲れているだろうに、彼女の目の前で八時間も爆睡していた自分が恥ずかしい。
水袋の水で手拭いを濡らし、誤魔化すように顔を拭く。
本当は水を潤沢に使って顔を洗いたいのだが、限りがあるからには節約しなければ。
「ほら、次はフェリテの番だぞ。安心して眠りに眠り果てなさい」
「うん。じゃ、これ貸してあげるね」
フェリテが読みさしの本を俺に差し出す。
「これは?」
「別の街で買った、売れ筋の冒険譚だよ。暇つぶしに買ったんだけど、けっこう面白い」
「へえー」
「あ、しおりは挟んだままにしておいてね」
冒険譚を受け取り、ぱらぱらとめくる。
元の世界で言う文庫本一冊分ほどの分量がありそうだ。
「ありがたく読ませてもらうよ。"最高の冒険譚"を書くとか言って、他の冒険譚読んだことなかったからな」
「前から思ってたけど……」
フェリテが、すこし躊躇いながら尋ねた。
「リュータって、この国の人じゃない──よね? 黒髪なんて珍しいし、苗字と名前も反対だし、冒険譚も読んだことないって言うし。冒険譚はどこの国でも売ってると思うけど……」
「あー……」
フェリテの事情を聞いたのに、自分の事情を隠すのは、フェアじゃないだろう。
「……これ、アーネにも内緒だぞ。フェリテが王族だってことも秘密にしておくからさ」
「う、うん」
意を決し、口にする。
「俺、この世界の人間じゃないんだよ」
「この世界……」
フェリテが小首をかしげる。
「世界って、他にあるの?」
「あるみたい。別の世界から喚ばれて、神さまに言われたんだ。"最高の冒険譚"を書けば、元の世界に戻してやるって」
「えっ! リュータ、神さまに会ったことあるの!?」
「ある。と言っても、姿形もわからなかったし、声も聞こえなかったけどな。情報を直接脳に彫り込まれた感じ」
「へえー……」
呆けたように口を開きながら、フェリテが頷く。
さすがに〈ゲームマスター〉のことは伏せておくべきだろう。
「そんなわけで、元の世界に帰るために"最高の冒険譚"を目指してるってわけだ」
「そっか!」
「──…………」
フェリテの素直な反応に、すこし不安がよぎる。
「……自分で言うのもなんだけど、そんなにあっさり信じていいのか?」
「え、騙したの?」
「騙してない。全部本当のことだ。でも、嘘みたいな話だろ」
「そんなこと言ったら、リュータだってあたしの話を信じてくれたでしょ。いきなり王族だなんて言ったら、笑うか怒るかしてもおかしくないのに」
「……言われてみれば」
そもそも、疑うという選択肢がなかった。
フェリテも同じなのかもしれない。
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