034 / 七色の鉱脈
大斧を両手に構えながら、フェリテが亀裂の先を覗き込む。
「……この先、暗くてよくわからないなあ」
「人工精霊だけ先に行かせたりとか、できたらいいんだけどな」
頭上を飛び回る人工精霊へと視線を向ける。
当然ながら、言うことを聞いてくれる素振りはない。
「光ってくれるだけでもありがたいよ」
「そうだけどさ」
フェリテが、警戒を怠ることなく、亀裂へと身を滑らせる。
「安全を確認したら声を掛けるからね」
「わかった」
亀裂が細いため、二人同時には進めない。
行く手に危険が待っていたとして、二人も隙間に詰まっていては、逃げることすらままならないからだ。
亀裂の先は僅かに曲がっており、先を見通すことはできない。
人工精霊の光だけが、かすかに隙間を照らすのみだ。
「──…………」
待つ。
フェリテからの言葉を待ち続ける。
唐突に一人きりになったためか、時の流れがひどくゆっくりに感じられる。
こちらから声を掛けたほうがいいのではないか──そんなことを考え始めたとき、亀裂の向こうからフェリテの声が響いた。
「──リュータ! リュータ! こっち来てー!」
「ああ!」
岩場に肩をぶつけながら、フェリテの元へと急ぐ。
「魔物、か──」
細く長い亀裂を抜けた瞬間、俺は絶句した。
亀裂の先は、半球型の広場になっていた。
その床が、壁が、天井が──すべて虹色にきらめいていたのだ。
「……これ、は」
ガラス化した岩肌よりなお美しい七色の壁が、俺の心を奪っていく。
「すごく、きれい。これ、なんなんだろ……」
俺は、この輝きに覚えがあった。
人工精霊の光を浴びて美しくきらめく壁に、そっと触れる。
生物的とすら思える温もりが、洞窟の冷気で冷えた手のひらを優しく暖めた。
「──ミスリル鉱石の鉱脈だ」
「これ、全部?」
「ああ」
アーネは、宝箱は神が設置していると言った。
近くにミスリル鉱石の鉱脈があるのかもしれない、とも。
宝箱の中身は、恐らく、生成された環境によって大きく変化するのだろう。
これだけの大鉱脈があれば、ミスリル鉱石がたんと詰め込まれているのも納得というものだ。
「これ、わざわざダンジョンで街興ししなくても、ミスリル鉱山としてやって行けるんじゃないか……?」
「大々的には無理だよ。ダンジョンに入れるのは吟遊詩人を引き連れた冒険者だけだから、すこしずつしか採掘できないと思う」
「……それもそうか」
「でも──」
フェリテが、一面のミスリル鉱脈をぐるりと見渡す。
「ダンジョンにあるのは宝箱だけじゃないんだね。こんな素敵な光景だって、あたしたちを待っているんだ」
そして、意を決したように、こちらへと振り返った。
「──リュータ。あなたに、あたしのことを聞いてほしい。楽しい話ではないけど」
不安げにこちらを見上げるフェリテに、深く頷いてみせる。
「話してくれるのなら、いくらでも。俺も、フェリテのこと、もっと知りたいからな」
「ありがと」
フェリテが微笑み、そっと話し始めた。
彼女の、これまでの物語を。
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