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030 / 生き物を殺すということ

 三体の大ネズミがバラバラの動きで以て、同時に襲い掛かってくる。

 ネズミと言えば素早いイメージだが、このサイズだとそうも行かないらしい。

 ぽてぽてと駆け寄るさまは少々愛らしいくらいだ。

 だが、手加減するつもりはない。

 俺は、一体の大ネズミに狙いを定めると、その首筋を躊躇なく掻き切った。

 頸動脈を寸断され、大ネズミの首から赤黒い血液が噴出する。

 キィ、とか細い悲鳴を上げながら、大ネズミがその場に倒れ伏した。

 即死ではないが致命傷だ。

 目視でそれを確認したのち、フェリテのほうへと視線を向ける。


「──わ! とう!」


 二体の大ネズミの猛攻を、戦斧を使って器用に凌ぐ。

 思った通り、動きは悪くない。

 元より運動神経はいいはずなのだ。

 これまでは推定百キロの重りが足を引っ張っていただけだ。


「えいッ!」


 二体の攻撃をいなしていたフェリテが、一瞬の隙を突いて攻撃に転じる。

 大ネズミの一体を脳天から断ち割ろうとしたとき、


「……っ」


 フェリテが、寸前で大斧の刃を寝かせた。

 それでも三十キロの鉄塊で殴り潰されればただでは済まない。

 脳震盪を起こしたのか、脳挫傷まで行ったのか、大ネズミがふらふらと倒れ伏す。

 戦闘不能だ。


「残り一体! 頑張れ、フェリテ!」


「う、うん!」


 フェリテが最後の一体と対峙する。

 じりじりと間合いを詰めながら、最初に動いたのは大ネズミだった。

 その場で跳躍し、壁を、天井を蹴り飛ばして、フェリテの頭上から襲い掛かる。


「!」


 さすがに予想外だったのか、フェリテが反射的に左腕で頭部をかばった。

 大ネズミが、その左腕に思いきり噛みつく。


「──づッ」


「フェリテ!」


 手を出すべきか、迷う。

 俺が大ネズミを仕留めることは容易だ。

 だが、これは、フェリテの実力を見るために用意した舞台なのだ。


「……大丈夫! リュータは見てて!」


 気丈にそう告げると、フェリテが左腕に噛みついたままの大ネズミを思いきり振り払った。

 げに恐るべきはその腕力だ。

 さして力を込めたようにも見えないのに、大ネズミが十メートルほども吹き飛ばされる。


「つッ、えええええいッ!」


 体勢の整いきっていない大ネズミへと追いすがると、大斧の腹で真横から殴りつける。

 大ネズミは、全身の骨を砕かれながら、遺跡の壁に激しく叩き付けられた。

 あの様子では二度と立ち上がれまい。


「よーし、勝利!」


 フェリテがこちらに向かってVサインを作る。


「おう!」


 笑顔でVサインを返しながら、フェリテが克服すべき課題へと想いを馳せる。


「──…………」


 俺は、頸動脈を切られてバタバタと苦しげに暴れる大ネズミの前に立った。

 そして、その心臓に躊躇なく長剣を突き立てる。


「え、リュータ!?」


 戸惑うように、咎めるように、フェリテが俺の名を呼ぶ。


「フェリテ。お前、殺すのを躊躇っただろ」


「──…………」


「迷いさえなければ、その怪我は負わずに済んだ。実力を出し切れれば、二体であろうと三体であろうと大ネズミ程度なら余裕だったはずだ」


「そう、かもしれない、けど」


 フェリテが睫毛を伏せる。


「生き物を殺すの、初めてで……」


「わかるよ。俺だって駆け出しだ。いきなり大コウモリの群れに襲われるなんてショック療法を受けなければ、フェリテと同じように迷っていたと思う。でも──」


 頭蓋を砕かれた大ネズミと、全身の骨を砕かれた大ネズミに、それぞれ視線を向ける。

 いずれも虫の息だ。

 今まさに地獄の苦しみを味わっているのは想像に難くない。


「とどめを刺さずに放置するのが、こいつらのためになるのか?」


「──…………」


「それとも、銀貨一枚はする貴重な治癒薬をこいつらに飲ませるか? フェリテだって怪我を負った。フェリテがもともと持ってた治癒薬だって、あと一本しかないだろ」


「それ、は……」


 フェリテが目を伏せる。


「どうすべきか、わかるよな」


「……うん。わかっては、いる」


 フェリテが、大斧をずるずると引きずりながら、壁に寄り掛かって辛うじて呼吸をしている大ネズミの元へと向かう。

 そして、ゆっくりと戦斧を振り上げた。


「──……っ」


 だが、そのまま動けない。

 大斧を、振り下ろすことができない。

 俺は、その様子を見て、小さく溜め息をついた。


「無理はするな。今すぐに克服する必要はないよ。フェリテの実力はわかった。これなら五層でもなんとかやっていけると思う」


「でも……」


「だけど、一つだけ約束してくれ」


 真剣な瞳でフェリテを射抜く。


「いざと言うときは、絶対に自分の命を優先すること。それが魔物の命であっても、あるいは俺の命であってもだ。自分の命と相手の命を天秤にかけるなよ」


「……うん、わかった」


「とどめは俺が刺しておく。きつかったら目を閉じてていい」


「──…………」


 フェリテは、すこし思案すると、毅然とした顔で言った。


「……見る。せめて、見ないと。たとえ殺せなくても、そこから逃げちゃいけないと思う」


「そっか」


 立派だと思った。

 魔物にとどめを刺せないくらい優しくて、それでも自分の責任から目を逸らさないくらい誠実なのだ。

 俺は、フェリテみたいな主人公が好きだ。

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