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003 / 人の心は操れない

「──さ、残るはあんただけだけど」


「ぎ」


 振り返った奴隷商人の顔が、真っ赤に染まる。


「吟遊詩人風情があッ!」


「はいはい、吟遊詩人風情ですよ」


 俺は、奴隷商人の足をすくうように蹴り上げると、仰向けに転がったその口に長剣の柄頭を思いきり叩き付けた。


「ぐぼ……!」


 前歯が数本、折れる。

 奴隷商人が、口から血を溢れさせながら、涙をこぼした。


「べつに、あんたらの悪事に興味はねえよ。俺の邪魔をするな。わかったか?」


「は、……ふぁひ……」


 俺は、奴隷商人の目にしっかりと恐怖が宿るのを確認すると、錆びた長剣をそこらに投げ捨てた。

 もう、必要ないだろう。


「──…………」


 痺れた右手に視線を落とす。

 正直言って、あまり楽しいものでもない。

 チート能力無双なんてのをありがたがるやつは、よほど鬱憤が溜まっているのだろう。

 俺も職場で溜めに溜めてはいるけれど、趣味でほとんど発散できているしな。


「おい、爺さん」


 馬車の中へと声を掛ける。


「あんたの所有者は全滅だ。あんたは自由だよ」


「……そう、なのか?」


 老人が、恐る恐る馬車から下りてくる。

 そして、惨状を見て目を剥いた。


「これは──あんちゃんが?」


「ああ。殺してはいないが、しばらくは動けないだろ」


「随分と、その。……強いんだな」


「……そういうわけでもないさ」


 俺自身が努力で積み重ねた能力ではない。

 ポンと与えられたものを自分の実力だと勘違いできるほど、人生経験は浅くないつもりだ。


「好きなところへ行っていいんだ。慌てる必要はない。こいつらも、追ってはこないさ」


「──…………」


 老人の肩が、震えている。

 歓喜にかと思った。

 だが、違った。


「……怖い。怖いんだよ、わしは。三十年、奴隷として暮らしてきた。今から自由を得たとして、これからどう生きればいい……」


 理解、できなくはない。

 だからと言って、このまま奴隷の身に甘んじるべきなのだろうか。

 きっと、それは違う。

 だから俺は、羊皮紙と羽根ペンを展開すると、


【老人は、僅かばかりの勇気を振り絞って、自由への道を歩き出した】


 そう、

 ──書こうとした。


「……?」


 羽根ペンが動かない。

 まるで、何かに固定されているかのように。


「なんだ……?」


 ふと、神に刻み込まれた情報が脳裏に蘇る。

 吟遊詩人は、神との契約により、嘘の一欠片をも書き記すことはできない。

 つまり、今から俺が書こうとしている事柄は、嘘になる。


 ──この能力では、人の心は操れないのだ。


「……ありがとう、あんちゃん。ごめんな。わしは、この人たちを介抱することにするよ」


「──…………」


 羊皮紙と羽根ペンを意識野に収納する。


「そう、か……」


 ならば、俺にできることは、ない。


「あんちゃんは、もう行きな。あんたにはきっと、輝かしい未来が待っているんだから」


 俺は、老人の顔を見ることができなかった。


「……それでも俺は、あんたの選択を肯定できないよ」


「そうかい」


 老人が、困ったように苦笑する。


「爺さん。あんたの気が変わることを祈ってる」


 俺は、老人にそう告げて、きびすを返した。

 どの方向に何があるかなんて、わかりやしない。

 だが、道なりに行けば、町のひとつもあるだろう。

 俺は、かぶりを振って老人のことを頭から追い出すと、歩き始めた。


 最高の冒険譚。

 俺は、それを書くことができるだろうか。

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