119 / 初めての冒険の終わり
「では、私たちも帰還しましょうか」
「そうだね。転移陣って、入るだけでいいの?」
「入って五秒待つと、竜とパイプ亭の地下に設置された対応する転移陣へと移動します。そのまま五秒経つと自動的に戻ってきてしまうので、着いたらすぐに出てくださいね」
「わかった!」
「一人ずつのほうがいいよな、たぶん」
「そうですね。複数人でも問題はありませんが、事故があると怖いので」
「じゃあ、あたしが一番乗り!」
そう言って、フェリテが躊躇なく転移陣へと足を踏み入れる。
「いーち、にーい、さーん、し──」
五を数えきる前に、フェリテの姿が掻き消える。
「おお!」
何が起こるかわかっていても、実際に見ると目を見張るものだ。
「これで、フェリテは竜とパイプ亭へと帰還したはずです」
「なるほど、すごいもんだな」
どういう原理なのだろうか。
転移陣を考案した人に尋ねてみたいものだ。
「さ、アーネが先に戻ってくれ。もしもがあったとき、アーネだけが取り残されたら目も当てられない」
アーネが柔らかく微笑む。
「ええ、わかりました。リュータは本当に紳士ですね」
「いや、そういうわけでも……」
あまり褒められるとくすぐったい。
「では、私が先に」
そう告げて、アーネが転移陣へ入る。
五秒ほどしてアーネの姿が掻き消えたあと、俺も陣の中に足を踏み入れた。
立ちのぼる青白い光越しに見るトンネルの風景は、赤橙色と混じってひどく幻想的だ。
やがて、五秒が経ち──
俺の視界が、一瞬で切り替わる。
そこは、何度か訪れたことのある竜とパイプ亭の地下室だった。
かなり広く、隅には木箱や樽が大量に置かれている。
倉庫にもなっているのだ。
「あ、来た来た。早く出て!」
フェリテが俺の腕を引く。
「わかってるって」
五秒待てば、また第七層へ飛ばされてしまう。
俺は、フェリテに引っ張られるまま、転移陣の外へ出た。
アーネが、目を伏せて言う。
「以前は、ここに多くの転移陣が設置されていたものですが……」
転移陣の効力は、一年ほどで消失する。
完全攻略された以上、張り直す必要はないとして、そのまま消えるにまかせていたのだろう。
「ともあれ、神官に報告しないとな。えーと、なんて言ったっけ、あの高位神官の人」
「リサルカ=ダハルカさんですね。父の直属の部下です」
「とっても元気なひとだよね」
「ええ、たいへんテンションの高い方ですね」
そんな会話を交わしていると、地下室へと通ずる扉が開かれた。
「お!」
噂をすれば影。
顔を出したのは、当のリサルカだった。
「やーやー、転移陣設置してくてくれたんですね! あざーっす!」
相変わらず、高位神官と言うわりにノリの軽い人だ。
「ええ、何事もなく起動しました」
「よかったよかった! アーネさまたち、おなか減ってますよね。マスターにシチュー温め直してもらいましょうか?」
アーネが、わずかに眉根を寄せる。
「……以前にも言いましたが、"さま"はよしてください。私はもう神官ではありません」
「あ、しーましぇん。つい癖で!」
リサルカが、たははと苦笑する。
「シチューおねがいしまーす」
「腹も減ったし、パン多めに頼むってマスターに伝えてくれるか」
「ういっす!」
リサルカが笑顔で敬礼をする。
「ところで、アーネさん。初めてのダンジョンはどうでしたか?」
「ええ。見るもの見るもの新鮮で、とても楽しかったです。まだ魔物に遭遇もしていないし、宝箱も開けてはいないんですけどね」
「そーですか、そーですか! これボーエンさまに報告上げていいですかね。逐一報告するように指示されているので!」
「……それ、言っちゃっていいのか?」
普通、秘密にするものではないだろうか。
「いいんですよ! アーネさんなら、どーせ気付いてるでしょ。お父上がどれだけ親馬──娘を愛しておられるか!」
漏れてるぞ。
「ええ、もちろん。いずれにしてもログはリュータが記してくれますし、そこに私の感想が添えられていたところで困りはしないでしょう。それに、その程度で済むのであれば、今までより遥かにましですからね」
「あはは……」
俺たちは知っている。
ボーエンの、深すぎる愛情を。
「──…………」
水浴びの件は書かないでおこうと思った。
「さ、ひとまずこちらへどうぞ。そろそろ酒場も空き始める頃合ですから、ゆっくり食べられますよ」
「ああ、わかった」
さて、いつもの席は空いているだろうか。
冒険者の数が増えてきて、最近は埋まっていることも多いからな。
こうして、アーネの初めての冒険は終わりを告げた。
ダンジョン攻略は楽しいことばかりではない。
だが、相応の喜びがあることは事実なのだ。
アーネとは長い付き合いになるだろう。
つらいことは力を合わせて乗り越え、素晴らしい出来事を共に喜び合える。
そんな関係になれることを祈るのだった。
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