118 / 第七層・赤橙煙る迷宮トンネル
真円を描く巨大な縦穴、その内周に張り巡らされた螺旋階段を行く。
人工精霊の明かりは、いまだ底まで届かない。
「……深いな」
「深いね……」
「隠し通路の先から、一層一層が急に深くなりましたね。それに、元のダンジョンの第一層から第五層まではほとんど様子が変わらなかったのに、こちらは驚くほど多彩です」
「そういうダンジョンって珍しいのか?」
「そうですね。雰囲気が変わるのは、ボスモンスターを討伐した次の階層から。そういったダンジョンが多い印象です。やはり、隠し通路の先にあっただけに、特別なダンジョンなのかもしれません」
「なんだかやる気が出てくるね!」
「──…………」
このダンジョンは、俺が作ったのだろうか。
それとも、神が作ったのだろうか。
わからない。
わからないが、その出自が特別であることは確かだ。
「七層、どんな場所なんだろうな」
「楽しみです」
「うん、楽しみ!」
第五層-六層間の半分ほどの距離を下り、ようやく螺旋階段の最下部へと辿り着く。
フェリテが、きょろきょろと周囲を見渡し、言った。
「あ、通路があるよ。あの奥かな」
「行ってみよう。フェリテ、警戒は怠るなよ」
「気を付けて。何があるかわかりません」
「うん、わかった」
両手で戦斧を構えながらフェリテが先導し、長い通路を進んでいく。
通路の先からは、ほのかに赤橙色の光が漏れていた。
まったくの暗闇ではないらしい。
やがて、通路を抜けた先に広がっていたのは、俺の知るものと非常に近いトンネルだった。
左右に伸びる幅広のトンネルには中央線が引かれており、まるで車道であることを示しているかのようだ。
「……これ、は」
周囲を見渡す。
赤橙色の道路照明がぽつぽつと設置されており、視界は確保できるが、その色合いと薄暗さから人工精霊は必要だろう。
「なんだか、フシギな雰囲気の場所だね」
「見てください。壁に何か書かれていますよ」
「どれどれ?」
フェリテと共に、視線を壁へと向ける。
そこには看板が埋め込まれており、日本語に近い文字でこう書かれていた。
"縺しゼのぺう∪?ごす、匕ソ|まヅュ荳ォ"
「……なんだこれ」
「何語でしょうか……」
「──…………」
意味は取れない。
だが、
「俺の世界の文字に、よく似てる。似てるだけで読めないけど……」
やはり、このダンジョンは俺が創り上げたものなのだろうか。
第五層も、第六層も、第七層も、まるで俺の夢から搾り出したような世界に思える。
しばし第七層の様子を確認していると、グラナダ探窟隊が追いついてきた。
「ほう、七層はトンネルかい。また随分と様相が変わったものだね」
「明かりがついとる。あれも精霊なんかな」
「違うんじゃない? 精霊なら一箇所に留まらないでしょ」
「──…………」
ソディアが、物珍しげに、左右に伸びるトンネルの先へと視線を向ける。
かすかにカーブしたトンネルは、どこへ通じているのかわからない。
「──ひとまず、俺たちは、転移陣を設置して帰ろうか」
「ですね。リュータとフェリテの言う通り、すこし体が重いです。慣れないダンジョンで思った以上に疲れているんでしょうね」
「大丈夫、すぐに慣れるよ」
「ええ、頑張ります」
アーネが、ほのかに青白く輝く球体を背負い袋から取り出す。
「フェリテ。これを地面に置いて、戦斧で叩き割っていただけませんか」
「それだけでいいの?」
「ええ、それだけで構いません。設置するのは専門知識のない冒険者ですから、可能な限り簡易化されているのです」
「なるほど、道理だな」
「わかった!」
フェリテが、トンネルの隅に球体を置く。
そして、狙い違わず、その球体を戦斧で叩き斬った。
球体が潰れ、中から青く輝くインクが溢れ出す。
飛び散ったインクが自動的に魔法陣を描き、直径二メートルほどの範囲に青白い光を立ちのぼらせた。
ナナセが、感心したように頷く。
「へえー、設置ってこうすんのね。初めて見たわ」
「これで、おおよそ一年は持ちます。言うまでもないことですが、帰還は無料なので、グラナダ探窟隊の皆さんもご気軽に利用ください」
「ああ、ありがとう。使わせていただくよ」
ルクレツィアが、左右に伸びるトンネルの先を窺うように首を動かす。
「さて、わたくしたちはどちらへ向かいましょうか」
「ソディア、決めてくれないか。君の勘は当たるからね」
「──…………」
しばし思案したあと、ソディアが、通路の出入口から見て左側を指差した。
「おっしゃ、左か。ソディアがゆーんなら間違いないわな」
グラナダが、こちらを振り返る。
「──と、言うわけで、僕たちはこちらの道を行く。七層の構造はわからないが、道が行き止まるまでは探索を続けるだろう。真紅同盟は右側の道を進むといい」
「ああ、ありがとう」
「言ったでしょ。借りがあると気持ち悪いのよ。一本道なら無慈悲に開けまくったけど、二手に分かれてるのなら、わざわざ競い合うこともないしね」
「えへへ、お互いいいものが見つかるといいね!」
ルクレツィアが微笑む。
「ボスモンスターが討伐なされた次の階層ですから、宝箱の質も一変しているはずですわよ。期待してよいかと」
アーネが、胸の前でこぶしを握り締め、言った。
「宝箱、どきどきです。次の探索が楽しみで仕方ありません」
「だな」
二手に分かれた先で再び道が合流している可能性もあるが、水を差す必要もあるまい。
「では、僕たちはそろそろ行くよ。竜とパイプ亭で英気を養うといい」
「ああ、わかった。魔物も強くなってるだろうから、気を付けろよ」
「もちろんだとも」
「がんばってね!」
「ご武運を」
グラナダ探窟隊を面々が、こちらに手を振って歩き去っていく。
相変わらず気持ちの良い連中だ。
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