116 / 信頼と不用心
「えい!」
ぱしゃ!
「わぷ! やったなー!」
「ふふ、一度やってみたくて」
「こっちも行くぞー!」
どうやら、水の掛け合いが勃発したらしい。
微笑ましい。
「──……ふあ」
あまりの平和な空気に、思わずあくびが漏れる。
平和とは退屈なものだ。
だが、その一時の平穏は、悲鳴によって断たれることとなった。
「──リュータ、魔物! 魔物出た!」
「げ」
慌てて立ち上がり、二人に指示する。
「俺に見られたくないなら、深いところに潜っとけ!」
「わ、わかりました……!」
橋から飛び下り、二人の元へと駆けつける。
なるべく二人に視線を向けないようにしながら、周囲を見渡した。
「あれか」
樹上にいたのは、比較的無害に近い、爪が異常発達した巨大リスの魔物だった。
臆病な性質で、近寄らなければこちらを襲うことはない。
命令文を脳内に走らせ、無詠唱で数本の炎の矢を放つ。
巨大リスが、ギッ、と悲鳴を上げて、そのまま逃げ去っていった。
「……ふー」
これで一安心だろう。
「ちょ、ちょっとだけ怖かったです……」
「リュータ、ありがと!」
二人に背を向けたまま、言う。
「水浴びは中断したほうがいいかもな。あの魔物も、たまたま遭遇しただけだとは思うけど、群れでいたら困る」
「そうだね。もう十分楽しんだし、上がろっか」
「はい」
「じゃ、俺は──」
先程の橋へ取って返そうとしたとき、そっと袖を掴まれた。
「……すみません、リュータ。ここにいてはいただけませんか?」
「──…………」
「すこし不安で」
覗く気はない。
振り返る気もない。
だが、ここまで無警戒だと、二人が心配になってくる。
「……あのさ。なんと言うか、こう、もっと用心したほうがいいぞ。何度でも言うけど、二人は年頃の女の子なんだ。男を信用し過ぎないほうがいい」
いずれ悪意のある男に騙されそうで、不安だ。
「えー……」
「何その反応」
「だってリュータ、こっち来るときだってあたしたちに声掛けて、今だって背中向けたままだよ?」
「そうしない人だっているかもしれないだろ」
「私たちは、リュータだから信じているんです。他の男性であれば、ちゃんと警戒しますよ。心配しなくても大丈夫です」
「──……はァ……」
溜め息一つを大きくこぼし、俺は二人に背を向けたまま川岸に座り込んだ。
「ほら、早く服着てくれ。魔物が戻ってくるかもしれない」
「はーい」
「ええ、わかりました」
二人の衣擦れの音に心乱されながら、思う。
信頼してくれているのはわかる。
だが、それにしたって不用心だ。
次は男性のパーティメンバーを、などと思っていたのだが、この様子では少々難しいかもしれない。
メンバーの追加については、第七層以降の魔物と現状の戦力を鑑みて、慎重に検討していくことにしよう。
真紅同盟の証である腕輪も、もうないしな。
「──はい、服着たよ!」
フェリテの言葉に安心し、振り返る。
髪がしっとりしていることを除けば、二人はすっかり元の姿に戻っていた。
「リュータ、本当にありがとうございます。水温管理に、魔物の対処まで」
「構わないさ、これくらい」
アーネがダンジョンを楽しめたのなら、それに勝ることはない。
「じゃ、そろそろ行こうか。今日は転移陣の設置だけして帰るつもりだけど、どう思う?」
「えっ、もう帰るのですか?」
「ああ、初めての冒険だからな。自分が思ってる以上に疲れてるはずだ。無理をすることは、パーティ全体の生存率を下げる。アーネはよく知ってるだろ」
「……そう、ですね。いつだって油断が死を招きます」
「転移陣のテストもしなきゃだし、鉱石も置いてきたいし、ちょうどいいかも。あたしは賛成だよ」
「わかりました。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「決まりだな」
俺たちは、今度こそ、第七層へと通ずる階段を目指して歩き始めた。
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