114 / 観光気分で第六層へ
──はっ、と目を覚ます。
「やべ……」
慌てて身を起こすと、小声で談笑していたと思しきアーネとフェリテがこちらを向いた。
「あ、起きた」
「おはようございます、リュータ」
「おはよ!」
「……悪い、いちばん寝てたな」
「私たちが起きたのも、ほんの十分ほど前ですよ」
「ならいいんだけど……」
一人で警戒するつもりだっただけに、少々自分が情けない。
「ね、リュータ。顔洗って減っちゃったから、水出してほしいな」
フェリテが、残り少なくなった水袋をこちらへ差し出す。
「お、いいぞ」
水袋を受け取り、水撃呪を詠唱する。
水球が水袋の中に出現し、手の中で重みを増した。
「アーネも、水に関しては遠慮しなくていいからな。大した手間でも魔力消費でもないし」
「では、こちらもお願いできますか?」
「了解」
アーネの水袋を満杯にしたあと、俺も顔を洗う。
「ところで、何時間寝てたんだ?」
フェリテが懐中時計を確認する。
「えっと、三時間くらいかな」
「ちょうどいいな」
交代で休息を取る必要に迫られるため、ダンジョンでは基本的に長々と眠ることができない。
俺とフェリテがそれぞれ八時間の睡眠を取った場合、合計十六時間の足止めとなってしまうからだ。
当然の流れとして、短い睡眠を繰り返し攻略を進めていくことになるのだが、疲労の蓄積は避けられない。
長期間に渡る探索は、それだけで、生存率の低下に繋がるのだ。
「──さて、六層へ下りるか」
「そうですね。少々名残惜しいですが……」
そう言って、アーネが周囲を見渡す。
七色の洞窟。
無二の美しさを持つミスリル鉱脈を、目と心の双方に焼き付けるように。
「大丈夫だよ。来ようと思えばすぐに来られるんだから」
「そうだな。ミスリル鉱石を運びきるまで五層へは立ち寄らなきゃならないし、またここで休息を取ればいい。安全だし、暖かいし、綺麗だし、言うことないもんな」
「ええ、是非にでも。私にとっても思い出深い場所になりましたから」
「気に入ってくれて、よかったー」
「とても気に入りました。六層も楽しみです」
荷物をまとめ、鉱脈を後にする。
第六層へ通ずる階段は、鉱脈から遠くない位置にある。
「だいぶ下るから、疲れたら言ってくれよ。階段だから休憩しやすいし」
「下りですし、さすがに大丈夫かと思いますが……」
「大丈夫なら、それはそれでいいさ」
しかし、十五分後──
「……す、すみません。すこし休んで構いませんか?」
「うん、いいよ」
アーネが階段に腰掛け、顎を上げる。
「本当に、長い。甘く見ていたつもりはないのですが、予想以上でした……」
高さ的には、東京タワーの展望台から階段を使って下りるのと大差ない。
疲れるに決まっている。
「六層の天井が高いおかげで、異様に長いんだよな。普通のダンジョンの二、三階層ぶんはあると思う」
「ありそう……」
五分ほど休憩を取り、今度は第六層まで一気呵成に下りていく。
通路の先に広がっていたのは、俺たちにとっては見慣れた地下森林だ。
「わあ……!」
光の蝶が群れを成し、木々の合間を飛んでいく。
地下にありながら真昼の如き明るさを誇る第六層は、ミスリル鉱脈とはまた異なる絵本のような美しさを持っている。
「ね、ね、すごいでしょ! あたしたちが最初に見つけたんだよ!」
「ええ、とても……」
「拠点に案内するね。来て!」
「は、はい!」
フェリテが、アーネの手を取り、小走りで駆け出していく。
「走るなよ、危ないぞ!」
「あ、そか」
フェリテが素直に足を止める。
「ゆっくり行こうぜ。拠点は逃げないからさ」
「うん、わかった」
理由があれば、ちゃんと言うことを聞いてくれる。
フェリテの美点だ。
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