113 / ミスリル鉱脈で休息を
しばしの休憩ののち、立ち上がる。
「──よし、そろそろ行くか!」
「アーネ、大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫です。歩けそうです」
「疲れたらすぐに言ってくれ。アーネが徒歩に慣れるまで、ゆっくり行こう」
「わかりました。遠慮はしないことにします」
「友達で、仲間だもん。そうしてくれたほうが嬉しいな」
俺たちは、再び歩き出す。
隠し通路を抜けると、石筍立ち並ぶ洞窟が俺たちを出迎えた。
今や見慣れてしまった洞窟エリアも、アーネからすれば新鮮この上ない。
「わ、何か動きました!」
「五層の虫だね。人には絶対に近付いてこないから、安心していいよ」
「そ、それならばよいのですが……」
「アーネは虫苦手か」
「得意な人、あまりいないと思います」
「……そうかもしれない」
俺だって、ゴキブリを潰すことならなんとかできるが、好き好んではしない。
好きか嫌いかで言えば、確実に嫌いだ。
「あたしは、刺す虫じゃなければ大丈夫かな。好きではないけど」
「でも、一回だけ悲鳴上げてたよな」
「あれは、休息のときに、いきなり天井から落ちてきたからだよー……」
「そんなことが」
「顔の横に落ちてくるんだもん」
「顔の上じゃなくてよかったな」
「ほんとほんと」
「私なら気を失ってしまうかもしれません……」
「すぐ寝付けていいかも」
違う、そうじゃない。
虫の話題に戦々恐々としながら、第五層を歩いていく。
途中の宝箱からミスリル鉱石を回収し、幾度かの休憩を経て、俺たちはあのミスリル鉱脈へと辿り着いた。
細く長い亀裂を抜けた瞬間、アーネが絶句する。
「──……!」
ドーム状の巨大な空間。
その床が、壁が、天井が、人工精霊の光を浴びて、すべて七色にきらめいているのだ。
初めて見たときは、俺も、あまりの美しさに目を奪われたっけ。
「ね、ね、すっごいでしょ!」
「──…………」
アーネは、もはや言葉もないのか、こくこくこくとフェリテに何度も頷いた。
「あとから気付いたんだけど、ここ休息にもいいんだよな。ほら、ミスリル鉱石って、なんかあったかいだろ」
「五層のお掃除してからは、六層の拠点より、こっち使ってたね。階段からも遠くないし」
アーネが目を輝かせる。
「ここで休息、ですか! 取ってみたいです!」
「いいよ!」
「アーネは睡眠不足みたいだし、数時間ほど寝ていくか」
「はい!」
このテンションで眠れるのだろうか。
「ね、ね、みんなで寝ようよ。ここの魔物は根絶やしにしたんだし」
「うーん……」
「だめ?」
「わかった、わかった。安全は確保してるわけだしな」
上目遣いのフェリテに、即座に降参する。
いちおう、俺一人だけ寝たふりをしておけばいいだろう。
「やったー! アーネ、毛布敷こ!」
「ええ、敷きましょう!」
「並んで寝ようね。今日は、アーネが真ん中!」
「いいのですか?」
「うん。だって、今日はアーネが主役だもん。主役は真ん中なんだよ」
「そうですか。では、喜んで」
アーネが嬉しそうに頷く。
「毛布、二枚重ねで敷くね」
「……?」
フェリテの言葉に不審を抱く。
「掛けないのか?」
「リュータのを掛けたらいいんだよ」
「──…………」
完成予想図を脳内に描く。
「……もしかして、三人密着して寝ようとしてる?」
「うん。それがいちばんあったかいでしょ」
思わず頭を抱える。
「ダメに決まってるだろ! ほら、アーネも何か言ってやりなさい」
フェリテのバグった距離感には、俺一人では対処しきれない。
二対一で意見が通らなければ、フェリテもすこしずつ常識を覚えていくだろう。
「そうですね。ミスリル鉱石は元より暖かいですし、密着すると暑すぎるのではないでしょうか」
「あ、そっか」
「──…………」
理由が、俺の求めていたものとすこし違う。
まあ、いいか。
「余分にあれば敷けたのですが、今回は素直にくるまっておきましょう」
「六層に下りれば拠点に毛布があるんだけど、取ってくるの、さすがに面倒だもんね……」
「あのクソ長い階段がな。わざわざ往復するくらいなら、毛布は一枚でいいよ」
「そう考えたら、転移陣って本当にありがたいね。一層から入っても、あの階段をのぼらずに帰れるんだもん」
「そんなに長いのですか?」
「上りだと、アーネなら十回は休憩すると思う。俺もいまだに二回くらい休憩挟むもん」
「そんなに」
「六層、天井が高いからね。見れば納得すると思うよ」
「ええ、楽しみにしていますね」
それぞれが毛布にくるまり、川の字を描いて横になる。
人工精霊は、一体だけを残して瓶の中だ。
「きれい……」
見上げれば、七色の輝き。
満天の星空よりも、さらに美しい。
「いつまでも眺めていたいくらいですが、すこしは眠らないとですね」
アーネが眼鏡を外し、枕元に置く。
「眼鏡、踏んだりしないでくださいね。壊れると、すこし困るので……」
「わかった、気を付けるね」
「了解」
「では──」
アーネが口を閉じる。
「おやすみ、アーネ」
「おやすみー」
アーネの呼吸が寝息に変わるまで、さほどの時間は必要としなかった。
いつもはうるさいくらいに話し掛けてくるフェリテも、アーネを気遣ってか、無言で天井を見つめたままだ。
ミスリル鉱石の暖かさを背中で感じながら、一人警戒を続ける。
だが、人肌と同じ温度の心地よさに、気が付けば意識を手放していた。
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