112 / 便利で美味しい保存食
「──…………」
「──……」
アーネが姿を消し、俺とフェリテのあいだに妙な雰囲気が漂った。
「な、なんか、女の子のトイレ待ちって、すこし緊張するね……」
「……なんだろうな、この感じ」
野郎が何を出していようが、さして気にもならないのに。
「……リュータ。あたしのトイレ待ってるとき、いつもこんな気分だったの?」
「まあ……」
「──…………」
「──……」
気まずい。
しばらくして、アーネがすっきりした顔で戻ってくる。
「お待たせしました」
「お帰り」
「おかえりー」
「これもまた、貴重な体験でした」
「避けては通れない問題だからなあ……」
生き物である限り、どうやったって出るものは出る。
それが摂理というものだ。
「しかし、我ながら情けないです。あんなに確認したにも関わらず忘れ物はしてしまうし、五層まで下りただけで疲れ切ってしまうし……」
「忘れ物は仕方ないよ。実際潜ってみないとわからないことって、たくさんあるもん。一緒に荷物詰めたらよかったね。ごめん」
「いえ、私が傲っていたのです。冒険の準備については、すべて知っているつもりでいましたから。おトイレのことは、本当に忘れていて……」
「まあ、トイレに関してはもういいだろ」
話を逸らす。
「体力についても、気にしなくていいと思うぞ。俺も、元の世界ではデスクワークだったから、完全に衰えててさ。一人で探索してた頃は、一時間に一回くらい休憩してたし」
「そうなのですか?」
「意外……」
「そんなに意外か?」
「ええ。リュータは剣の達人ですし、元の世界でもぶいぶい言わせていたものかと」
「あ」
達人的な剣の腕前も、極大火炎呪も、マッピングの才も、すべて〈ゲームマスター〉というチート能力で得たものだ。
まさか、そんなことを口にするわけにも行くまい。
「……まあ、ほら。最近はデスクワークが多かったってだけ」
「それで、すっかりなまっちゃったんだね」
「そうそう」
そういうことにしておこう。
「でも、一ヶ月も潜ってれば、体力以上に"疲れない歩き方"が身につき始めるんだよ。無駄な力が抜けて、最低限の体力消費で済むようになるんだ。だから、それまでの辛抱かな」
「なるほど、勉強になりますね」
「慣れるまでつらいけど、慣れたら楽だよ。歩きながらリュータとお話してたら、いつの間にか景色が進んでるの。もちろん、警戒の必要な場所では雑談したりしないけど……」
「なかなか気を張りそうです」
「その点、六層は広いけど魔物になかなか遭遇しないから、のーんびりってかんじだったよね」
「五層は完全討伐済みだし、六層は最短距離で階段を目指すつもりだから、運がよければ戦闘せずに済むかもしれないな」
「それはよいことですが、二人の活躍を見たかった気もしますね」
「機会なんて、いくらでもあるさ。これから一緒に探索していくんだから」
「ええ、もちろん」
フェリテが、背負い袋から麻製の袋を取り出す。
「ね、おやつ代わりに焼き米食べる?」
「フェリテ、焼き米好きだよな」
焼き米とは、稲を籾殻のまま煎り、潰したものだ。
少々固いことに目をつぶれば、そのまま食べられるし、水やお湯で戻すこともできる。
便利で美味しい保存食だ。
「うん、好き。今日のはねー、マスターに砂糖水に浸けたのを煎ってもらったんだ!」
「おお!」
普通に美味しそうだ。
「疲れたときは甘いもの、ですね」
皆で、焼き米をポリポリ食べる。
甘さ控えめのポン菓子のような味だった。
なかなか行ける。
「これ、いいな。冒険食の代わりになるんじゃないか?」
「冒険食のほうが栄養はあると思うけど、味はこっちのが断然おいしいね」
「基本は冒険食としても、味変わりができれば飽きにくいですしね。私も、次の冒険のときに作ってもらおうかな」
「塩気のあるもので炒めてもらうのもいいかもしれないぞ。すこし濃い目に味付けしてもらえば、水かお湯で戻したときにちょうどいい」
「なるほど。冒険おやつとして売れるかもしれませんね」
「はは、冒険おやつか」
正直、悪くない。
マスターにはお世話になっているし、これで大儲けできたりしないだろうか。
「冒険の定番になったらいいね」
「だな」
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