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111/125

111 / ダンジョンのトイレ事情

 瓶の蓋を開き、人工精霊を解き放つ。

 三色の光が俺たちの周囲をひらりと舞った。

 ダンジョンへと数歩入り込み、アーネが深呼吸をする。


「……これが、ダンジョンの空気」


「まだ外と大差ないぞ」


「変わります。気分が変わるんです」


「でも、ちょっとわかるなー。あたしも、初めてダンジョンに入ったときは、まるで世界が切り替わったようなかんじがしたもん。あたしの場合は、わくわくじゃなくて、びくびくだったけど……」


「今にして思えば、俺も、相当緊張してた気がするよ。特に、最初の一ヶ月はソロだったからな。寂しいのなんのって」


「そう考えると、私はとても恵まれていますね。初めてダンジョンへ潜るときに、二人と一緒にいられるのですから」


「──…………」


「──……」


 フェリテと顔を見合わせる。


「……なんか、すげー可愛いこと言われた気がするんだけど」


「うん。ちょっとどきっとしちゃった……」


「?」


 アーネが小首をかしげる。


「私、何か変なことを口にしましたか?」


「いや、変ではないよ。普通に嬉しかった」


「あたしも、アーネとダンジョン潜れて嬉しいよ!」


「そうですか。それはよかったです」


 くすりと微笑んだあと、アーネが立ち止まった。


「──なんと、石壁に鹿の絵が彫り込まれていますよ! 人が彫ったのか、あるいは神の作品なのか、興味は尽きませんね」


 俺たちが、ただの装飾として見過ごしてしまうものに対しても、アーネは興味津々だ。

 その姿は、俺たちが忘れてしまった何かを思い出させてくれる。


 そのまま第五層まで踏破し、隠し通路の近くまで来たときのことだった。


「──……す、すこし、疲れました」


 アーネが、壁に手をつき、肩で息をする。

 随分とはしゃいでたものなあ。


「じゃ、休憩しよっか!」


「すみません。これまで本ばかり読んできたもので……」


「気にするなって」


 三人で輪を描くように、ダンジョンの通路に腰を下ろす。


「アーネ、水飲んだほうがいいぞ。水分って汗以外でも発散されるからな」


「はい、ありがとうございます」


 アーネが、背負い袋から水袋を取り出す。


「いくら飲んでも大丈夫だよ! リュータが出してくれるから」


「いえ、あまり飲み過ぎても、おトイレが近くなってしまいます、し──」


 アーネの動きがぴたりと止まる。


「おトイレって、どうするのです?」


 当然と言えば当然の疑問だった。


「……そりゃ、物陰でするしか」


「どうしようもないもんね……」


「そ、そうですね。たしかに」


「そういうの、冒険譚には書かれてなかったのか?」


「おトイレについて触れている冒険譚は、今まで読んだことがありませんでした……」


 そりゃそうか。

 そんなこと、わざわざ書く必要ないものな。


「……その、アーネ?」


 フェリテが心配そうに尋ねる。


「はい?」


「紙、持ってきた?」


「紙?」


「トイレ用の……」


「──…………」


 アーネの顔がみるみる青ざめていく。


「……持っ、て、きてません。ど、ど、ど、どうしましょう!」


「落ち着こう」


「そんなこと言ってたら、したくなってきてしまいました……!」


「あるから! 俺とフェリテはちゃんと持ってきてるし、最悪無限に出せる羊皮紙が──」


「吟遊詩人の羊皮紙をおトイレに使うだなんて、そんな罰当たりなことできません!」


 そういうとこ、さすがに元神官だなあ。


「ほら、ひとまず俺のぶんあげるから。行くなら行ってきな」


「す、すみません……」


 アーネが遠慮がちに便所紙を受け取る。


「完全攻略されてるから大丈夫だとは思うけど、いちおう離れ過ぎないようにな」


「はい……」


 アーネが、すぐ傍の角を曲がっていく。

 そして、ひょいと壁から顔だけを出して、


「……小さいほうですから」


 と、恥ずかしそうに告げた。

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