110 / 冒険者としての第一歩
「──リュータ。フェリテ。忘れ物はありませんか?」
ダンジョンの入口前で、アーネが自分の背負い袋を開く。
完璧に整理整頓された美しい中身が、晩夏の陽射しに照らし出された。
「アーネ、さっき竜とパイプ亭でも確認してたよね……」
「もしもがあっては困ります。忘れ物があっても、すぐには取りに戻れないのですから」
「そりゃそうだけどさ」
明らかに気負い過ぎである。
「七層に転移陣設置したらすぐに帰ってこられるんだし、大丈夫だって」
「七層まで、どのくらいかかるのですか?」
フェリテが答える。
「うーん、歩いて六時間くらいかなあ」
「何が起こるかわかりません。万全の注意をしておかねば」
思わず苦笑する。
「万全の準備は、もう整えたろ。もう一度だけ確認したら出発しよう」
「はい」
背負い袋の中身を検めるアーネを見て、ふと思う。
「アーネって、部屋の鍵を掛けたかどうか心配になって何度も戻るタイプ?」
「何度も、ではありませんが、時折戻って確認することはあります」
やっぱり。
「あたし、ぜんぜん気にしないけどなー……」
「確実なことは言えないけど、フェリテは気にしたほうがいいと思う。たぶん」
「そかな」
「イメージだけで話して恐縮だけど、帰ってきてから鍵の掛け忘れに気付くことないか?」
「ないよ?」
「ないのか……」
意外だ。
「フェリテの鍵の掛け忘れに関しては、気が付いたときに私が閉めていましたね」
「え、そうなの?」
「はい。どう考えても不用心でしたから……」
「──…………」
半眼でフェリテを見つめる。
「……えへ」
「フェリテ、今のうちに部屋の鍵を確認してこい」
「掛けた──と、思うけど……」
「ダッシュ!」
「はい!」
フェリテが、竜とパイプ亭へと駆け出していく。
「まったく……」
これで本当に掛け忘れてたら、笑い話だぞ。
「リュータ。やはり、下着は多めに持ってきたほうがよかったでしょうか」
「あー……」
なるべく荷物に視線を向けないようにして、答える。
「さしてスペースを取るものでもないから、多めにあっても困りはしないかな。一泊予定なら二枚とか、二泊予定なら三枚とか、一枚予備があれば十分だと思うけど」
「では、問題ありませんね。五枚ほど包んできたので」
「……そっか」
なんとも反応しづらい。
「──よし、万全です!」
ふんす、と鼻息を荒くして、アーネが背負い袋を背負い直す。
「やっぱ、緊張する?」
「緊張は、します。当然です。これが、私の、冒険者としての第一歩なのですから。でも、それ以上に──」
アーネが、楽しげに言う。
「とってもわくわくするんです! 憧れていた冒険譚、その舞台へと足を踏み入れる。神官の私には許されていなかったことです。だから、楽しみで楽しみで」
「……昨夜、ちゃんと眠れたか?」
「ギンギンでした」
「ダメじゃねーか」
でも、こればかりは仕方ないだろう。
眠れと言われて眠れるようなら、言われずとも眠っているのだ。
アーネと話していると、フェリテが意気揚々と戻ってきた。
「ただいま! 鍵、ちゃんと掛かってたよ」
「そっか、ならよかったな」
「リュータは心配性なんだからー……」
「いや、至極真っ当な心配だからな。前例あるんだし」
「それはそうだけど」
「今後、気を付けるように」
「リュータは大丈夫なの?」
「俺、部屋を出るときいつも指差し確認してるぞ」
「えらい。あたしもそうしようかなあ」
「そうしときな。危なっかしいから」
「はーい」
指差し確認すら忘れるようなことがなければいいのだが。
「──互いに準備は整ったようですね」
「うん、もう大丈夫!」
「俺はいつでも」
「では参りましょう。私の、そして真紅同盟の第一歩です!」
「おう!」
「おー!」
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