108 / 祝杯
神都から帰宿し、遅めの夕食を取る。
メニューは、鶏肉の岩塩焼きと、とろみのあるスープで焼き米を戻したものだ。
「よかったな。マスター、快く送り出してくれて」
「ええ。本当に長いあいだ、お世話になりました。ここは君の第二の家だ、とまで言ってくださって……」
「えへへ。これで、本当に憂いがなくなったね!」
「ええ。新たな神官が着任し、仕事を引き継いだあと、転移陣の設置を兼ねて七層へと向かいましょう。ああ、とても楽しみです。第六層は、それはそれは美しいのですよね」
「危険がなければ観光地にしたいくらいにはな」
「五層のミスリル鉱脈もおすすめだよ! あたし、あの景色を見て、初めて"冒険者になってよかった!"って思ったんだもん」
「是非見てみたいです。案内、お願いしますね」
「もっちろん!」
仲間が増えた。
その高揚感は、何物にも代えがたいものだ。
次のダンジョン攻略からアーネが一緒だと思うと、それだけで心が弾む。
ヒーラーが加入した安堵より、アーネと共に冒険できるという喜びのほうが勝っていた。
「よーし、久し振りにビール頼んじゃおうかな。祝杯だ!」
「ね、ビールっておいしいの?」
「大人の味」
「なにそれー」
フェリテがくすくすと笑う。
「飲み過ぎてはいけませんよ、リュータ」
「わかってるって」
ふと、ある疑問が湧いた。
「この国の成人って、何歳からなんだ?」
「十六歳、ですね。飲酒が許されるのも同じです」
「二人は何歳?」
「私は十九です」
「あたし十五歳だから、お酒飲めないんだー」
「──…………」
俺、十五歳の子と、何時間も密着してたのか。
罪悪感が胸をかすめた。
「じゃ、リュータは何歳?」
「俺は、二人に比べたらけっこう年行ってるよ。二十六だから」
「おおよそ外見通り、ですね」
「お兄さんだね!」
「偉いぞ、フェリテ。俺くらいの年の男は、おじさんと呼ばれることに怯えているのだから」
「二十六でおじさん扱いは、そうそうされないと思いますが……」
アーネの言葉に反駁する。
「いや、される。された!」
「されたの……?」
「従弟に十二歳と十歳の子がいるんだけど、これが、けっこう前からおじさん扱いしてくるんだよ……」
「たしかに、それだけ離れていると、そういう感覚になるものかもしれませんね」
「離れてるって言っても、上の子はフェリテと三つしか違わないんだぜ。フェリテからのおじさん扱いに身構えてしまう、四捨五入して三十路の切なさよ……」
「あたしはおじさん扱いしないよー……」
復職した従業員のおば──お姉さんにビールを注文し、ジョッキを一気に傾ける。
「くぁ──ッ! やっぱこれだよ、これ!」
「本当、美味しそうに飲みますよね」
「そんなにおいしい?」
「大人の味」
「ひとくちちょーお、だい!」
「未成年は果実水でも飲んでな!」
「えー!」
フェリテが頬を膨らませる。
「フェリテ、ビールは苦いですよ」
「苦いの?」
「ええ、苦いです。私はとても飲めませんでした」
「おいしいのに、苦いんだ……」
「私は、美味しいとは、あまり……」
「なんか、すっごく気になってきた。リュータ、ちょーおだい!」
「ダメでーす!」
「ひとくち!」
「ダメだっつーの」
「じゃ、舐めるだけでいいからー」
舐めるだけ、か。
喉越しを感じられない程度の量であれば、二度と飲みたいなんて言い出さないだろう。
「……わかった。舐めるだけだぞ」
「やったー! 好き!」
「ふふふ……」
そんなのんきなことを言っていられるのは、今だけだ。
フェリテの前にジョッキを滑らせる。
「ほら」
「ありがと。いただきまーす!」
フェリテがジョッキを傾け、舌先をちびりとビールに触れさせた。
「──ぴえ!」
あまりの苦味にか、ジョッキを自分から遠ざけようとする。
「な、な、なにこれ!」
「大人の味だろ」
「……リュータ、大丈夫? 舌おかしくなってない?」
そこまで。
「ビールとは、味ではなく、喉越しを楽しむものだと聞きます。私は、それもよくわかりませんでしたが……」
「あたしもわかんない……」
「はっはっは、いつかわかる日が来るといいな」
フェリテからジョッキを受け取り、中身を飲み干す。
やはり美味い。
広告下の評価欄より【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、執筆速度が上がります
どうか、筆者のモチベーション維持にご協力ください