107 / 真紅同盟
辻馬車に乗り込み、窓からボーエンとスフィアに手を振る。
馬車がゆっくりと進み出し、二人の姿が小さくなっていく。
彼らは、いつまでも、俺たちに向けて手を振り続けていた。
「──そうだ、改めて言っておかないとな」
「?」
アーネが小首をかしげる。
「ありがとう、アーネ。俺たちを心配して、パーティに入ることを決断してくれたんだろ」
「……ええ。心配で」
自嘲混じりの笑みを浮かべながら、アーネが言葉を継ぐ。
「ずっと、友達に何もできていないという無力感があって。フェリテが死にかけたという話を聞いて、もう、居ても立ってもいられなくなったんです。私には治癒の力がある。その場にいれば、きっと、二人を助けることができたはずなのに」
「そっか」
本当に、よく決意してくれたと思う。
元より冒険者に憧れもあったのだろうが、既にある立場を捨てるのは、並大抵の覚悟ではない。
「えへへ。これからは、ダンジョンの中でも一緒だね」
「はい。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくね!」
「よろしく頼むよ、アーネ」
俺は、左手を、三人の中央へと差し出した。
すぐさま意図を理解したのか、アーネとフェリテが、俺の手に自分の手のひらを重ねる。
真紅の腕輪が、窓から射し込む陽光を浴びて、美しく輝いた。
「そうだ! そろそろパーティ名を決めないと」
「あー……」
たしかにそうだ。
今までのらりくらりと考えるのを避けてきたが、必要なことだよな。
「こういうの、苦手なんだよなあ」
「あたしもー……」
「──こほん」
アーネが、小さく咳払いをする。
「実は、こんなこともあろうかと、暖めていた名前があるのです」
「よし、それにしよう」
「けってーい!」
「まだ何も言っていないのですが……」
「ははは、冗談冗談。それで、なんて名前なんだ?」
「ええ。フェリテの髪色と、この揃いの腕輪にちなみまして──」
すこし恥ずかしそうに、アーネが言う。
「"真紅同盟"、というのはいかがでしょう」
「お、いいじゃん。カッコいい」
「え、あたしにちなんじゃっていいの?」
「当然です。フェリテは主人公なのですから」
「これからは、アーネも主人公だけどな」
「……!」
アーネが、驚いたように目を見開いた。
「当然だろ。冒険譚の主人公は、パーティの全員だよ」
「だったら、リュータも主人公だね!」
「いや、俺は──」
俺は、パーティメンバーでありながら、GMという立場でもある。
主人公にはなれないのだ。
「──…………」
アーネが、俺の左手を、そっと握った。
「リュータも主人公ですよ。吟遊詩人とは、傍観者ではない。仲間、なのですから」
フェリテが、俺の右手を取る。
「そうだよ。自分は違うなんて、さみしいこと言わないでね」
「──……はは」
思わず、軽く吹き出してしまった。
この子たちには、一生かけても敵わない気がする。
「わかったよ。俺も、"最高の冒険譚"の主人公だ。真紅同盟の一員だ。それでいいよな」
「うん」
「はい!」
馬車は往く。
俺たちを乗せて、あの街まで。
馬車に揺られる半日のあいだ、俺たちは、いろいろな話をした。
くだらない話ばかりだったが、それでよかった。
友達との雑談なんて、たいていがそんなものだろう?
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