106 / 帰ろう、ダンジョンへ
そのまま神殿の客間に一泊し、翌朝のことだ。
俺たちは、神殿の前で、ボーエンが手配してくれた辻馬車を待っていた。
「──そうだ、お父さま。新たな神官の派遣はいつになりそうでしょうか」
「ああ。その件については、昨夜のうちに話を通してある。経験豊富な神官が三名、明日には冒険者ギルドへと向かう手筈だ」
アーネが、ほっと胸を撫で下ろす。
「そうですか。よかった……」
フェリテが、嬉しそうに口を開いた。
「帰ったら、マスターにも話をしておかないとね!」
「ええ。きっと、あの人なら、祝福してくれると思います。冒険者の登録も、ログの管理も、給仕の仕事もする必要がないとなれば、少々寂しいものもありますが……」
わかる。
今までしてきた仕事が急になくなると、妙に落ち着かないものだ。
「なに、忙しい時は手伝ってあげればいいさ。マスターも喜ぶよ」
「ふふ、そうですね」
微笑むアーネに、スフィアが言う。
「まだ仕事は残っておりますよ。新たに来る神官に、仕事の引き継ぎをしていただかなくてはなりません」
「あ、そうですね。さすがお母さま。とても神官長らしいお言葉です」
「ふふ、神官長ですからね」
その笑顔は、アーネとそっくりだった。
談笑していると、やがて辻馬車がやってくる。
別れの時だ。
ボーエンが、アーネの頭に手を乗せる。
「──アーネ、息災でな。何よりも命を大切にしなさい。お前がいなくなれば、悲しむ者がいる。それを忘れないでくれ」
「ええ、わかりました。お父さまの気持ち、胸に刻み込みます」
「フェリシア殿下、アーネをよろしく頼みます。アタッカーはパーティの要。リュータ殿がいくら強くとも、一人で何もかもを抱え込めるわけはないのですから」
「はい、わかってます。あたし、早くリュータに追いつきたいんです。今は守られてばかりだけど、あたしは、リュータの書く冒険譚の主人公だから」
「ならば、邁進することです。フェリシア殿下なら、きっと素晴らしい主人公になれる。私はそう信じておりますよ」
「はい!」
「リュータ殿」
「ええ」
ボーエンが、目をすがめる。
「アーネが冒険者になることは認めたが、それ以上は認めてはおらんからな。娘に手を出したら──」
「わかってるよ! 当の娘の前で何言ってんだ!」
「ははは、冗談だとも」
目が笑ってないんだよなあ。
「お父さま、大丈夫です。リュータは紳士ですから」
「うんうん、すっごく紳士だよ。水浴びだって覗かれたことないもん」
「──…………」
ボーエンが、何事かを思案する。
「……そうか、ダンジョンだものな。水浴びをしたり、体を拭く機会があるのも当然か」
「そうだよ?」
「リュータ殿」
俺の両肩に、ボーエンの両手の指が食い込んだ。
「……信じているからな?」
だから、目が怖いって。
「こら、ボーエン」
スフィアがボーエンの肩を叩く。
「立派な父親として、アーネを見送るのでしょう?」
「……うむ。つい、な」
「大丈夫です。お父さまも、お母さまも、私の自慢の両親ですよ」
アーネの言葉に、二人が満面の笑みを浮かべる。
「ああ!」
「あなたも、わたくしたちの自慢の娘ですからね」
「はい。それでは名残惜しいですが、私たちの街へと帰りましょう」
「だな」
「うん! 帰ろう、あたしたちのダンジョンへ!」
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